残暑と猫と万事屋と

まだ夏の日差しが残る暑い日。
銀時は幼馴染の●●に呼び出されていた。

「ちわーっす。万事屋銀ちゃんでーす。」
「あがってちょうだい。」

桔梗が描かれた黒の単衣と控えめに銀杏の舞う帯をかっちりと締めた●●は、暑さなどまるで感じていないかのような涼しげな顔で銀時を迎えた。
暑い暑いと背中を丸めて襟元をパタパタと扇ぐように動かす銀時とは対照的に、●●の背筋はまっすぐに伸ばされ、しなやかな芍薬のようだった。

「オメー暑くねーの?真夏日は過ぎたっつっても、んな紫外線ガンガン吸収しそうな着物なんざ着て。」
「暑いわよ。」

素っ気ない●●の後を追いながら、そーですか、とだけ銀時は返した。
ざっくりと編み込まれアップスタイルにされたことで露わになったうなじには、うっすらと汗が滲んでいる。
暑さ寒さを我慢してまで季節を先取りしたがる女の洒落っ気など、まるで理解できない銀時はバリバリと後ろ頭を掻いた。
見ているこっちまで暑くなるからやめてほしい。
うなじはエロいけど。
その程度の感想しか持てない。

「で?今日は何しろって?」

銀時が●●の自宅に呼び出されたのは、幼馴染のファッションチェックのためなどでは当然ない。
万事屋として依頼を受けたからだ。
早速本題に入った銀時を●●は私室へ招いた。

「部屋の片づけを手伝ってほしいの。」

妙齢の女から部屋に招かれ、至極プライベートなお願いをされるというシチュエーションは、状況だけ見ればとても美味しい。
これで時間帯が夜であればAVによくある展開に持ち込めるのだが、銀時にはそんな妄想をする余地はなかった。
この幼馴染は、AV女優やソープ嬢も顔負けの二枚舌だと知っているからだ。

「このゴミを適当に売り払ってきて。」

通された●●の部屋には、有名ブランドのロゴが入った紙袋が山のように積まれていた。
両手で抱えなければならないほどの大きさのものは、おそらくコートかブーツの類。
弁当袋ほどのサイズの小さな紙袋はアクセサリーだろう。
大小さまざまな大きさの紙袋が無造作に投げ出されている。

「…一応聞いてやっけど。なにこれ。」
「ゴミ。」
「全部未開封っぽいんですけど。紙袋から出してすらいないだろ。使用した形跡どころか中身を確認した跡もねぇんだけど。」
「銀時はゴミ置き場に捨てられたごみ袋を一々開封する趣味でもあるの?カラスとゴキブリが集った痕跡しかないとわかっているのに。」
「どこの世界にエロメスやビッチの紙袋をごみ袋呼ばわりする奴がいるんだよ!コレいくらすると思ってんだよ!…俺も知んねーけど!想像すらできねーんですけどォ!」
「いくらのものが入っているかなんて私も知らないわよ。質屋にでも行って聞いてきたら?」

売り払った金額の半分を依頼料としてあげるから、とりあえず処分しておいて。
庭の掃き掃除でも頼むかのような気軽さで、●●は銀時に命じた。

「おい、どう見てもこれお前へのプレゼントだろ。ハッピーバースデーとかカード付きのものもあるじゃねーか。」
「そういう個人が特定できそうなものは外しといてね。」
「おまっ…、男からの貢ぎモンを俺に捌かせる気か!」

可愛らしいピンクのリボンで包装された小物やら、音楽が鳴り出すメッセージカードやら。
『鈴蘭の君へ』などというクサい詞付きのものまである。

「失礼ね。女からも貰ってるわよ。」
「どういう自慢だ!マドンナ気取りか!響子さんか!」

清楚で亡き夫への忠義を守るようなキャラとは程遠い幼馴染へ向けて絶叫する。
銀時の稼ぎでは到底拝めないようなブランドのショッピングバッグの山は、●●の歓心を買いたい男達の血と涙の結晶だ。
そこに払われた労力の欠片にも興味ないと言わんばかりに放置されてきたであろう貢物達は、哀愁すら漂っている。
この世に平等なものなどない、と身を以て示す品々に銀時は膝をつく。

「なんでこんなアバズレがモテんだよ!世の中不公平すぎるわァァァ!」
「人をアバズレ呼ばわりしたかったら、キャバクラ通いは控えなさいな。吉原の英雄さん?」

ロクに女の子に飲ませもせずにおさわりしてるらしいじゃないの。
わざと太ももにお酒こぼしてお絞りで拭かせるとか最低ね。
昨夜訪れたキャバクラでの出来事を詳細に語る●●に、銀時は蹲ったまま寒気を感じた。
情報源は、太ももを撫で回されおしぼりで銀時の股間を拭わされたキャスト本人に違いない。
こいつ、キャバ嬢までオトしてやがんのか!
俺なんてちょーっと手を滑らせただけで張り手かまされたのに!

「なんでもやるのが万事屋でしょ?とっとと片づけてきて頂戴。」

●●は銀時に黒いビニールのごみ袋を手渡した。
中身が透けて見えないこの袋に紙袋たちを詰めて運び出せということなのだろう。
しかし。

「ちょっと待て。ゴミ袋一杯に未開封のブランド物詰めて質屋に行けっての?どうみても盗品を裁こうとしてる盗人の図じゃねえか!」

銀時の脳裏には、いつぞや出会った自称サンタのおっさんと無駄に体格のいいトナカイが浮かび上がった。
いつ思い出しても怪しい二人組。
それをシングルバージョンで、コスプレなしでやれというのか。

「大丈夫。銀時なら違和感ないわよ。」
「ふざけんな!オールシーズン懐が吹雪いててもそこまで堕ちてねぇよ!俺ァ、義理と人情の万事屋銀ちゃんで通ってんの!」
「家賃滞納は詐欺罪が適用されることもあるのよ。清貧とは言い難いわねぇ、万事屋さん。唐獅子牡丹も萎れるってものよ。」
「オメーいくつだよ。不器用なの?黄色いハンカチ持ってんの!?」

ああ言えばこう言う。
演歌歌手の往年の名曲を引き合いに出す●●に全力でツッコミを入れるが、ネタが通じている時点で彼女の手の内で転がされているのだ。
口で勝てた試しがない幼馴染を前に、銀時は白旗を上げるしかなかった。

***

幼少期に松下村塾で出会った●●は、所謂幼馴染というやつだ。
銀時が亡き師・吉田松陽に引き取られた経緯から、攘夷戦争に参加していたこと、お登勢に拾われ万事屋を始めたことまで全てを知られている旧知の仲である。
互いの手の内を全て見せ合っている仲というものは、互いの弱点も全て熟知しているということに他ならない。
本人が忘れているような恥ずかしい話やら若気の至りでやらかしたあれこれを詳細に記憶している●●に、銀時は頭が上がらないのであった。
もちろん銀時も、●●のちょっとした失敗談をいくつも知っている。
しかし、この女はそんな過去等存在しなかったかのように見事な猫を被って見せているのだ。
銀時以外の人間の前では借りてきた猫のごとく控えめに振る舞い、万事屋などという胡散臭い業種の人間とはまるで縁遠いような町娘を演じているのである。
世間的には、『万年金欠でだらしのない万事屋銀さんと上品でしっかり者の大和撫子●●さん』で通っている。
一枚分厚い皮を剥いでやれば、世にも恐ろしい般若の面が現れるのだがそれを知る者はほとんどいない。
そして、その本性を知ってしまった者はこうして酷使されることになるのだ。
銀時は、何年経っても変わらないこの力関係にすでに匙を投げているのであった。

***

スクーターの後ろにパンパンに膨れ上がった黒いごみ袋を縛り付け江戸の町を走る銀時は、それはそれは目立った。
だらしなく着崩した着流し姿の死んだ魚の眼をした男が、未開封のブランド物を質屋に持ち込む姿は、10人中9人が眉を寄せるだろう不審な光景である。
馴染みであるはずのリサイクルショップ「地球防衛基地」の店主にさえも『とうとうひったくりなんてしなきゃ食いつなげないほど落ちちまったのかい』だなんて言われる始末だった。
あらぬ誤解を受けながらも、弁明できない身が口惜しい。
この「ゴミ捨て」の仕事には処分の手間だけでなく、依頼人への守秘義務―――●●が男達からおびただしい数の貢物を受け取り、あまつさえそれらを無下にしているという事実をも焼却するということ―――も含まれているため、銀時は甘んじて汚名を着なければならないのだった。
あんな女狐に仕事を恵んでもらわねばならぬ現実に、銀時は地団駄を踏むしかない。
どれだけ地を踏みしめても、どこぞの配管工よろしく金貨も小判も現れないのだから。

***

「おい!クソアマ!片づけてやったぞ!とっとと金寄越せ!」

世間の冷たい視線を振り切り仕事を終えた銀時は、玄関を開けるなりそう叫んだ。
暑さのためか、それとも怒りのためか、あるいはその両方によるのか息を切らせて居間へ上り込むと、涼やかな笑顔が彼を迎える。

「あら銀ちゃん、早かったのね。お疲れ様。今冷たいお茶でも入れるわね。」

つい数時間前に自分を顎で使った強かな女などどこにもいなかったかのように、●●は優しく銀時へ声をかけた。
猫かぶりモードに移行している。
誰だお前!という叫びが口を衝いて出そうになったが、そんな銀時の衝動を見知った顔が鎮めた。

「銀さん、いくら幼馴染だからって依頼人に向かってクソアマはないんじゃないですか?」
「そうネ。マダオ銀ちゃんに仕事を恵んでくれるんだからもっと感謝するヨロシ。もっと仕事もらって毎日ふりかけご飯食べられるようになるまで働けヨ。」

居間には、大きな桃やらみかんがごろごろと入ったゼリーを頬張る新八と神楽がいた。
見るからに高級そうな菓子を片手に、子供2人は銀時へ白い目を向ける。

「新八くん、神楽ちゃん。いいのよ。この暑い中おつかいに出した私が悪いんだから。」
「何言ってるんですか!それが万事屋の仕事なんですよ。お仕事貰っておいて逆ギレなんていい大人のすることじゃないですよ。」

胸元に両手を添え申し訳なさそうに首を振る●●を新八は全力で擁護する。
だから何キャラなんだよ、お前。
銀時の顔が引きつった。

「…お前らなんでここにいんの。」
「定春の散歩中にこの辺を歩いてたら、水撒きしてた●●がおやつ食べてけって言ったヨ。」

お中元にもらったゼリーセットって言ってたアル。
こんなのが送られてくる●●は銀ちゃんとは社会人の格が全然違うネ。
さらりと銀時を見下しながらゼリーを吸い込んでいく神楽に、銀時は青筋を立てる。
●●は子供に甘い。
銀時に対しては、どこぞの女装エッセイストも真っ青な毒舌を吐く癖に新八や神楽には、やれ貰い物の菓子だジュースだと家に上げては振る舞っているようだ。
それに味を占めた神楽は、わざと●●の家の前を通るように定春の散歩コースを変更したに違いない。
ふと、銀時は開け放たれた縁側から見える庭へ視線をやる。
定春が益子焼の大皿に顔を突っ込んで、勢いよくスイカをむさぼっていた。
わざわざ種を全て取り出し、定春が食べやすいようにカットされている。
犬の表情筋の仕組みなどまるでわからないが、定春の顔もどこか満足げに見えた。
定春、お前もか!お前も餌付けされてんのか!
銀時は頭を抱える。

「冷たい麦茶でも入れましょうか?それともカルピスがいい?」

しおらしく上目づかいで尋ねる●●に、銀時は胡乱な目を向けた。
ここでカルピスなどと言おうものなら、あとでとんでもない料金を請求されるに違いない。
キャバクラの水と一緒だ。
水道水をボトルに移し替えただけなのに1杯500円とかぼったくるアレと一緒だ。

「…麦茶。」
「あら、遠慮しなくてもいいのよ?銀ちゃん。」

普段2人きりのときは『銀時』と上から目線で呼ぶくせに、他人がいる時だけ『銀ちゃん』などと甘ったるく呼びかける●●に鳥肌が立つ。
呼び捨ては2人だけの特別な暗号などではない。
女王様が平民に敬称をつける意味を見い出せないだけだ。

「いらねぇよ。もういいからとっとと金だけくれ。」

質屋で受け取った買取証書と金を子供たちに見えないようこっそりと●●に手渡すと、銀時はうんざりとした表情を隠そうともせずに言い捨てた。
売り払った代金をネコババせず証書まで受け取ってくるあたり、この男も大概律儀である。
そこがまた●●にいいように扱われる原因の1つなのだが、本人がそれに気付くことはない。

「座って休んでて。ちょっと待っててね?」

ふわりと微笑むと●●は早足で台所へ向かった。
まるで十代の少女のようなあどけなささえ思わせる完璧な笑顔である。
ひらりと舞う桔梗の小袖をぼうっと眺めながら新八はしみじみと呟いた。

「上品で優しくて、おまけに仕事のない幼馴染を気にかけてちょくちょく声をかけてくれるだなんて、●●さんはできた人ですね。」
「新八、お前騙されてっから。ああいう面の皮の厚い女はなァ、朝チュンで後悔するタイプだ。すっぴん見たらデート代請求したくなるぞ。」
「朝チュンどころか平常時からだらしない銀さんに女性の素顔を馬鹿にする資格はないでしょう。」
「ホントネ。どこの世界に部屋の片づけ手伝っただけでお金くれる幼馴染がいるネ。」

スプーンを銜えながら銀時へ冷たい視線をやる神楽に、銀時は眉を寄せた。

「お前ら、今日の俺の仕事内容あいつに聞いたの?」

馬鹿な男共からの貢物の処分を手伝わせた、などとあの猫かぶりが正直に言うわけがない。
だが、直ぐに綻びが出るような粗末な嘘をつくことも想像できない。
銀時は恐る恐る2人へ尋ねた。

「ゴミ収集車が回収できない粗大ごみの回収でしょう?ゴミ処理場に直接持込みじゃないと処分できないものを原チャリで持って行った、って聞いてますけど。」
「ちょっと原チャリに物載せてやっただけで『片づけてやった』なんて図々しいアルな。もっと働けヨ。」

間違いではない。
●●にとってはただのゴミだし、あれだけ大量にあるとスクーターがないと運べないだろう。
ただし、処分先はゴミ処理場ではなく質屋だが。

「…ホントお前らあの女に近づくのやめとけ。ガキの人格形成には悪影響だから。銀さん心配だから。」

銀時は今日一日中自分の顔が引きつっているのを自覚した。
あの女に関わっているとまだ若いのに、顔中に皺ができてしまうのではないかと無用な心配をしてしまう。

「糖尿もちでパチンコ狂いのニート侍の方がよっぽど教育に悪いネ。」
「給料未払いの悪徳経営者よりよっぽど立派な大人ですよ、●●さんは。」

悪魔の本性を知らない子供2人は全力で●●をかばい、銀時を貶す。
銀時は辛辣な言葉を目を泳がせながら受け流し、神楽の隣にどっかりと座りこんだ。
もう●●からの依頼を受けるのはやめよう。
これまでの心労を思い起こし、銀時は決心する。
あいつの依頼を受けなくて済むように、明日からは少しパチンコを控えてゆとりある生活ができるように心がけよう。
パチンコは1回1万…いや、2万円までしか突っ込まないようにしよう。
いやでもそろそろやめるかーって時に限って、スーパーリーチとかくるんだよなァ。
リーチ来てから突っ込む分はノーカンだよな。うん。
このマダオ思考が悪女に仕事を恵んでもらう羽目になるということを銀時は自覚していなかった。

「はい。銀ちゃん。お疲れ様。」

ぼんやりと明日からのパチンコ予算を組んでいる銀時の目の前に、江戸切子が置かれた。
夏草で編まれた涼やかなコースターと瑠璃色の色ガラスは涼やかだが、コースターの隅に描かれた竜胆が●●のこだわりを控えめに主張していた。
彼女の高雅な気遣いなどまるで気にも留めない銀時は、杯の中身のみを凝視する。
大きな氷が2つ浮かぶ白い液体―――カルピスだろう―――の底に橙色の塊が沈んでいた。
黄桃と甘夏だ。
市松模様の硝子の箸置きとスプーンがグラスの前に添えられる。
甘い乳酸飲料と果実の香りが銀時の苛立ちを解した。

「いつもありがとう。」

彼にだけ聞こえる大きさの声で感謝の言葉を告げられた。
目を細めてはにかむ●●に、銀時は目を見開く。
急速に思い起こされる懐かしい記憶達。
子供の頃、転んだ●●の手を引き立ち上がらせた時に見た表情。
恥ずかしそうな、嬉しそうな、もどかしそうな、そんな子供じみた笑顔。
20年経っても変わらない面影がそこにあった。

「…お、おう。」

急に気恥ずかしくなった銀時は一気にカルピスを煽る。
果物と氷ががちん、と歯にぶつかり飲みにくかったが、そんなことを気にする余裕はなかった。
立派な悪女になっちまったくせして、こういう時だけガキくせーツラしやがって。
こういう無防備な姿を自分にだけ晒すのだから、放っておけないのだ。
面倒な依頼もなんだかんだと引き受け、次に繋げてしまう。
銀時は、動揺を隠すためにグラスの中の果実を掻きこんだ。
甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。

「また、”お片付け”よろしくね?」

次はお歳暮とクリスマスの時期が面倒だから。
銀時にだけ聞こえる大きさの声でそっと付け加えられた。
●●の言葉に銀時は口に含んだものを吹き出しそうになる。
バッ、と音がしそうな勢いで●●を見やると、新八と神楽からは見えない角度で口端だけを持ち上げるニタッとした笑いを見せつけられた。
またって…また男共から貢物を受け取るってことか!
また、質屋巡りさせんのかよ!
俺の甘酸っぱい感傷を返せ!
決して言葉にできない叫びを抱えて銀時は座卓に伏せた。
やはり●●は●●のままであった。
トッピング付きのカルピスと甘い言葉に惑わされた自分を、銀時は大いに恥じる。
恐ろしく高くついてしまったカルピスを目の前に、またこの女にいいように使われる自分の姿を思い描いた。

お片付けのお手伝いなら万事屋におまかせ!

子供たちの元気なセールストークを聞きながら、銀時は馬車馬のごとく働かされる恐ろしい未来へ思いを馳せたのだった。



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