提案書

※銀さんと土方さんが真選組の副長だったら…という所謂W副長パロ。
大丈夫な方のみどうぞ。





















「あの…●●さん…副長の承認を頂きたいのですが…。」

恐る恐る、といった風に報告書の束を差し出してきた隊士に、私は引きつった笑顔を浮かべた。
きっと今、私の額にはくっきりと血管が浮き出ているに違いない。

「今日中に承認が必要なんです。」
「今日中って…今15時ですが。あと2時間で終業ですよ。」

どうかお願いします、と腰を直角に曲げて頭を下げる姿を見て、私は吐こうとしたため息を飲み込んだ。
相談にくるタイミングとしては遅過ぎる。
しかし、彼も好き好んでこの瞬間まで悩んでいたわけではないのだろう。
その証拠に彼の背後には書類を抱えた隊士の姿が多数見えた。

「わかりました。…他に急ぎの書類がある方は今すぐ出してください。」

少し大きめの声で呼び掛けると、ドタドタと走りながら数人の隊士が一斉に書類の束を差し出してきた。
お願いします!という野太い声の合唱に私はがっくりと肩を落とすしかない。
終業まであと2時間というときに、なぜこんな面倒な仕事が来るのか。
明日は更に面倒な仕事が待ち構えているというのに。

***

提出期限ギリギリに承認を貰いに来る隊士が後を絶たない原因の大部分は、坂田副長にある。
真選組という武装警察組織は、平たく言えば公務員の一種である。
公務員といえばお役所仕事…つまり、とかく形式というものにこだわる傾向がある。
証跡を残せだの根拠を示せだの面倒な手続きがやたらと多いのだ。
お国の為の機関である以上、個人の判断で簡単に物事を決定することが出来ない組織体制を作るためにはやむを得ないことではあるが、一般企業と比べてとにかく会議やら報告書類が多くなる。
それはつまり、上長承認を得なければならないものが増えるということだ。
真選組という組織において最終承認を下すことが出来る上司は、主に次の人物である。
近藤局長、土方副長、坂田副長の三人。
隊長クラスで承認と出来るものもあるが、組織全体に関わるものは隊の枠を超えた地位を持つ人物…要するに副長以上の承認でなければ認められない。
しかし、最高責任者である近藤局長は意中の女性を追いかけるのに忙しく、屯所を空けることが多い。
坂田副長に至っては屯所にいようがいなかろうが関係なく、デスクワークというものをしない。
それどころか、補佐官の私でさえ所在地を正確に把握出来ないこともままある。
その頭髪と同じように、たんぽぽの綿毛の如くふわふわとあちらこちらを彷徨う坂田副長の管轄では、承認待ちの案件が山のように溜まってしまうのだ。
隊士たちがどれだけ計画的にデスクワークに取り組んでも、最終承認が貰えないのでは仕事は何一つ片付かないということになる。
いつ片付くのか目処さえも立てられない。
このような状況下では、土方副長が最後の頼みの綱になる。
鬼の副長と恐れられる土方副長のみが、唯一の最終承認者となってしまうのだ。
しかし、土方副長は常にオーバーワーク気味なくらい仕事を抱えている。
仕事に追われイライラと政務机に向かう土方副長に、本来ならば坂田副長がすべき仕事をお願いする勇気を持つ隊士はそうはいない。
その結果、坂田副長から承認を貰えるかもしれない僅かな可能性に賭け、ギリギリまで書類を溜め込んでしまうという悪しき風習が根付いてしまったのだ。
書類を無事に手渡せた時に限るが、坂田副長から承認を貰うのは土方副長と比べて恐ろしく簡単であることも事態に拍車を掛けている。
…以上の経緯から、承認を貰いたい隊士たちは坂田副長の補佐官である私に度々泣き付いてくるようになった。
鬼の副長に仕事を押し付けるという貧乏くじを私が引くことになってしまったのである。

***

「…というわけで、土方副長。坂田副長の代わりに承認をお願いします。」
「ふざけんな。」

隊士たちから受け取った大量の書類で政務机に山を作ると、土方副長のこめかみに青筋が浮かんだ。
名実ともに"鬼の副長"の表情になってしまった土方副長の顔を見ないようにして、私はあらかじめシミュレーションしていたセリフを言う。

「坂田副長は雑踏警備に出られたため不在なのです。」
「雑踏って…どうせパチンコだろ。」
「近藤局長は要人警護に出られました。」
「あの人は今日もストーカーやってんのか…。」
「したがって、本日屯所内に承認権を持つ方は土方副長しかいらっしゃらないのです。」

土方副長は額に手を当て、大きなため息を吐いた。
同情する気持ちが顔に出ないように気を付けながら、私は副長室の掛け時計を指さす。

「あと1時間で全ての案件のチェックをお願いします。」
「1時間!?この書類、10件以上あるだろ!アホか!!」
「検討は私が全て済ませておりますので。」

目を剥く土方副長の怒りのオーラに気付かないふりをして、私は土方副長へ山から抜き取った書類を1部手渡す。

「重要事項や確認ポイントは印を付けておきました。各案件の背景・目的等は簡潔に説明させていただきます。」
「待て、●●。俺はまだクソ天パの分の仕事を引き受けるとは言ってな」
「こちらは山崎さんからの監察報告です。かぶき町に潜伏中とみられる攘夷浪士の」
「おい!聞いてんのか!」
「土方副長、時間がありませんのでちゃんと聞いてください。」

努めて無表情のまま印鑑を手渡しながら言うと、土方副長は諦めたように天を仰いだ。
そして、派手な舌打ちと共に私を睨みつける。
私も瞳孔の開ききったその眼を真っ直ぐに見返した。

「…俺も仕事が溜まってる。今日中に片付けるぞ。」
「経費削減のため、通常の就業時間内にお願いします。残業手当は付けさせません。」

私たちは、悲壮な覚悟をもって頷きあった。

***

宣言通り土方副長は業務時間内に全ての書類に目を通してくれた。
私は承認を貰えた書類を次の担当者の元へ滑り込みながら届けると、自室の戻り書き物机にぐったりと伏せ込んだ。
明り取りのための障子窓から差し込む夕日を眺めながら、そろそろ退職願を書くべきかと真剣に考える。
しかし、私が依頼した書類を全て片付けた後も黙々と机に向かっていた土方副長の姿を思い出すと、全ての仕事を放り出すことはためらわれた。
真選組のナンバー2であるはずの幹部が、ちまちまと書類を作成する後ろ姿。
ちらりと覗き見た書類の隅には、作成者の欄に"土方"という判が押されていた。
あの書類の承認ルートはどうなるのだろうか。
土方副長の小姓を務める佐々木さんの仕事ぶりを思い起してみた。
…だめだ。
彼もデスクワークには向かない。
完全に体力派だ。
となれば、あの書類は作成・検討・承認全ての欄に土方副長の判が押されることになるのかもしれない。
それは組織の運営上大丈夫なのか。

「大丈夫じゃないよね…。」

真選組という組織も土方副長のストレスも。
今日何度目かわからないため息を吐いた。

「何が大丈夫じゃないわけ?」

独り言のつもりだったのに、のんびりとした声が頭上から降ってきた。
私は伏せた姿勢のまま眉間に皺を寄せる。
顔を上げる気にはなれなかった。

「私の業務負荷が大丈夫じゃありません。」
「あらまァ。ダメじゃねーの、若い娘が仕事にばっか現を抜かしてちゃ。花の盛は短いんだからよォ。」
「坂田副長の隊士生命も短いといいのに。」

誰のせいで仕事人間にならざるを得ないのか。
他人事のように言ってのけたその言葉に、私は苛立ちを隠せない。

「今の時間は17時30分です。公務員の就業時間は過ぎました。なので今の俺は副長さんじゃありませーん。」
「ただの穀潰しってことですか。」
「今の俺はただのイケメン銀さんでーす。」

どっかりと隣に座り込む気配がした。
私は思いきり顔を背けてやる。

「じゃあ、私も坂田副長のお守りを閉店します。私の部屋から出ていってくれる?坂田さん。」
「んだよー。土産持ってきてやったのに。」
「どこかのダメ上司が溜め込んだ置き土産でお腹いっぱいですので結構。今日もみっっっちり仕事をさせて頂きましたので。」
「あっそ。じゃあ仕事を頑張る●●ちゃんにご褒美な。」
「他の役職への異動命令が一番のご褒美だわ。」

まともに取り合ってたまるか、と坂田副長の言葉を全てたたき落としてやった。
しかし、そんな私の可愛くない態度などまるで痛くも痒くもないとばかりに、坂田副長は私の頭を乱暴に撫でた。

「はいはい、おつかれさん。ほら、団子買ってきてやったから機嫌直せって。」
「ストレスの元凶からの施しなんて受けません。」
「ストレスには甘いモンが一番だ。」
「ストレスの大元を断つのが一番重要かと。」
「そうだな。よし、じゃあ明日は●●も一緒に休むか。」
「明日もサボる気なんですか…。」

ああ言えばこう言う。
なぜ舌はこれだけよく回るのに手を動かしてくれないのか。
ぐしゃぐしゃに私の髪を掻き乱す手を、恨みを込めて叩き落とした。

「痛ェ!…ったく、そんなに俺に仕事して欲しいの?」
「して欲しいとか欲しくないとかそういう問題じゃないでしょう。国民の血税をなんだと思ってるのよ。」
「机に齧り付くのが真選組の使命じゃねーから。俺は現場主義なの。」
「その現場で大暴れしてビル一棟潰した挙句、始末書を書く羽目になったのは誰ですか?わざわざ不要なデスクワークを増やしてくれたのはどちら様でしたっけ?」

あれは酷かった。
坂田副長と沖田隊長がバズーカ片手に暴れまわり、生け捕り予定の攘夷浪士を瓦礫の山に生き埋めにしてしまったという大惨事を思い起こす。
無許可でのバズーカ砲乱用、建造物損壊、過剰防衛による殺人未遂。
涙目になった近藤局長と無言で拳銃に弾を装填する松平長官の姿を今でもはっきり覚えている。
翌日は土方副長と共に沖田隊長と坂田副長を正座させて説教大会を開催し、始末書を書き上げるまで見張らなければならなかった。

「あの時は大変だったなー。首筋に真剣を突き付けられながら反省文書くとか地雷原で切り合いするよりスリルあったわ。」
「あの時そのまま首を切り落としてやればよかった。」
「まあまあ、過ぎたことは忘れようぜ。」

何が『過ぎたこと』だ。
さすがに我慢の限界だった。
私は勢いよく起き上がり、へらへらと笑う坂田副長を睨みつけた。

「検討は私が全てするんですから確認して判子を押すだけでしょう。どうしてそれだけの作業が出来ないんですか!」
「判子押すだけでいいなら検討のついでにしてくれや。」
「承認の意味分かってんの!?反省文だってたったの2枚なのにダラダラと丸1日かけて…!公務員のくせに何で書類の1枚もロクに書けないんですか!!」

もう相手が上司だとか真選組の幹部だとかそんな事は頭からすっかり抜け落ちていた。
机を叩きながら積もりに積もった不満を吐き出す。
しかし、ぜーぜーと荒い息を吐きながら怒鳴る私とは対照的に、坂田副長は涼しい顔で鼻をほじっていた。
全く心に響いていないのは明白だった。

「何言っちゃってんの。銀さんこう見えても真選組幹部よ?報告書だろうが申請書だろうがお茶の子さいさいだっての。」
「だったらそれを行動で示して…!」
「はいよ。」

ぴらりと私の眼前に1枚の書類が突き付けられた。
休暇申請書だ。
申請者の名前は…私になっている。

「…何ですか、これ。」
「●●に休暇を差し上げまーす。」

作成・検討・承認全てに"坂田"の判が押してあった。

「承認は下りてっからお前さん明日は有休な。」
「…は?」
「たまにゃあしっかり休めよ。で、明後日からがっつり銀さんのフォローよろしく。」
「な…何言ってるんですか!明日は式典警備の現地視察が」
「あァ?んなもんテキトーでいいんだよ。」

また違う紙を押し付けられた。
フリーハンドで書かれた地図だ。
ところどころに丸が付けられ、”警備ポイント”と書き込まれている。

「まさか、これ…。一人で警備の下見に行ってたんですか?」

1ヶ月後に行われる征夷大将軍も出席する記念式典の為に、警備体制を一から組む必要があった。
坂田副長はどうせ不在だろうから斉藤隊長辺りに同行してもらい、明日現地視察に行く予定だったのだが。
坂田副長が今差し出している地図は、その式典会場の警備体制に関する提案書だった。
…提案書としてはあまりにも汚過ぎる自由な書式ではあるが。

「副長自ら作成したんだから文句ねーだろ。これで明日の仕事終わりな。」
「…てっきり今日もパチンコに行っていたものとばかり思っていました。」
「まーな。今日は調子よくてよォ。ボロ勝ちして気分良かったからついでに片づけておいてやったんだよ。」

ふふん、と胸を反らしながら言った坂田副長の言葉に、お礼の言葉が引っ込んだ。
珍しく仕事をしたと思ったら、ただの気まぐれだったようだ。
坂田副長を見直そうとした気持ちが一気にマイナス方向に振れた。

「検討はきーっちりとさせていただきますからね。」
さて、これからどうやってこの提案書の体裁を整えさせようか、と息巻いて思案していると、また新たに紙を手渡された。

「じゃあ、ついでにこっちも検討しとけ。」

渡された紙は、何度も握りしめたようにぐしゃぐしゃな折り目が付いていた。

「…なんですか?これ。」

私は、くたびれた紙面の文字を読み上げる。
“明日、銀さんと一緒に甘味巡りに行くこと”
その一文だけがでかでかと殴り書きされていた。

「だから、検討しろって言ってんだろ。」

坂田副長は私に背を向けたまま、がりがりと髪の毛を掻きむしった。
背中を丸めぼそぼそと答える後ろ姿からはいつもの小憎たらしさが窺えず、むしろ少し子供っぽく思えた。
照れているような、ばつの悪そうな、いたずらっ子が素直になれない様子にも似ている。

「つーかよォ、オメーさんわかってんの?もともとデスクワークは土方の方が多いんだぞ。もし俺がバリバリ仕事片付けちまったら、アイツんとこの小姓と●●をチェンジしろって言われるに決まってんだろーが。今でもしょっちゅう言われてんのに。」
「は?」
「●●がいないと仕事が回らないくらいでちょうどいいんだよ。」
「…作為的に仕事をサボってるとおっしゃりたいんですか。」

自分でも驚くほど低い声が出た。
私の冷たい眼差しに気が付いたのか、慌てたように坂田副長は振り返った。

「あ!いや、そんなことはどうでもよくてだな。あ、あれだよ。明日する予定の仕事はもうなくなったわけだしよ。有給申請は通ってるし。明日暇になったんだからよ、アレだ。うん。銀さんと出掛けようや。」
「デートのお誘いって…もしかしてラブレターですか、これ。」
「ラ…ち、ちげーよ!提案書だよ、提案書!とっとと判くれよ、補佐官殿。」

口早にそう言いながら机の上から私の印鑑を探す坂田副長を見て、脱力した。
堂々と仕事はサボるし、余計な仕事は増やす。
いい加減な態度を責められてもどこ吹く風といったこの人が、”ラブレター”の単語1つでここまで照れるだなんて。
この人のこういうところが、狡いと思う。
先ほどまで感じていた怒りなど、ころりと忘れてしまうくらいに狡い。

「残念ですが、坂田副長。この書類に私の判は押せません。」
「え!?」

坂田副長は大きな声を上げた。
真っ赤だった顔がすぐに青くなっていく様子に笑いをこらえながら、私は努めて真面目くさった顔を作ってみせた。

「提案書には、”背景”と”目的”を明確に書いてくださらないと体裁を成しません。提案の正当性を検討できないですから。」
「…は?」
「私と甘味巡りをしたい背景と目的をご教授いただけませんか?」

これくらいの意地悪は許されるだろう。
私はこらえきれずに持ち上がってしまった口角を意識しながら、坂田副長に言った。
坂田副長は、ポカンと一瞬だけ口を開けてからがっくりと肩を落とす。
そして困ったように苦笑いを浮かべた。

「んなもん決まってんでしょーが。

背景は”●●を独り占めしたいから”。
目的は”●●を落とすため”。

これで満足か?」

ぽりぽりと頬を掻きながら告げられた言葉に、私は今度こそ満面の笑みで頷いた。
今日感じた疲れも苛立ちも、これで流してもいいかもしれない。

「なるほど。では、子細を検討しましょうか。坂田副長?」








「…というわけで坂田副長からのラブレターもとい提案書についてこちらで検討致しました。承認を頂けますか?土方副長。」
「却下。」
「…なんでデートするのにマヨラーの承認がいるんだよ!」
「「提案書だから。」」

坂田副長とのデートは許可されなかった。


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