キングの本質

神楽と共に定春の散歩を終え万事屋へ戻ってきた新八は、出掛けにはなかったはずの日和下駄の存在に気が付いた。

「きっと●●ネ!」

ただいまの挨拶もそこそこに、神楽は満面の笑みを浮かべ居間へ駆けて行った。
●●はいつも茶菓子を持参して万事屋を訪れる。
神楽はそれが目当てに違いない。
新八は、苦笑しながら神楽の後を追った。

「ただいま戻りました…って何やってるんですか?」

居間を覗けば、銀時と●●は応接用の机を挟んで向かい合わせにソファに座っていた。
神楽は●●の隣で幸せそうな顔でドーナツを頬張っている。
机の上には全品100円セール中の某ドーナツチェーンの箱が3つ並んでいた。
本日の●●のお土産だろう。
問題はドーナツの隣にあるトランプの山だ。

「何って…見ての通りババ抜き。」

おかえり、と柔らかく微笑む●●の向かい側で鼻をほじりながら面倒臭そうに銀時は答えた。
ニコニコと笑っている●●とやる気のなさそうな銀時の手にはトランプが数枚握られている。

「ババ抜きって…2人だけで、ですか?」

ジョーカーを引かない限り、相手のカードを引けば必ずペアが出来るわけだからすぐに減っていく手札。
事務作業のように淡々とトランプを山札に捨てていくだけのやり取りを繰り返す姿は異様だ。
小さな子供がキャッキャと騒ぎながらやっているのならばまだ可愛げがあるが、いい歳した大人による無言の作業は奇妙としか言いようがない。

「あー?新八ィ、お前には他に参加者が見えるのかァ?…え?いや、マジで?ちょ、そういうのやめてくんない?知らないうちに見えないお友達が遊びに来てるとか笑えないんですけど。」
「誰もそんなこと言ってませんよ。なにビビッてるんですか。僕シックスセンスなんて持ってませんし。」
「シックスナイン?」

スタンドいんの!?と騒ぎ立てる銀時に冷静に返せば、神楽の口からとんでもない単語が飛び出してきた。

「神楽ちゃんんんん!?どこでそんな言葉覚えてきたの!?」
「みよちゃんから借りたno-nonの『カレとラブラブ100ヶ条』コーナーに書いてあったネ。」

最近のファッション誌にはそんな過激な性情報が載せられているのか。
顔を真っ赤にした新八は愕然としながら神楽を見つめた。
ただでさえ息を吐くように下ネタばかり並べる銀時と生活を共にしているというのに、同年代の友達との雑誌の貸し借りでまでそんな情報を仕入れているとは。
日に日に耳年増になっていく14歳に対して、16歳の新八は1人焦りを覚えた。

「ところで銀ちゃんシックスナインって何ネ?」
「あー?んなことガキは知らなくていいの。」
「銀ちゃんは知ってるアルか?」
「まーな。今夜●●がやってくれっから。」
「妄想の中でどうぞご自由に。」

どういう行為なのか意味までは知らなかったのか、無邪気な笑顔で問いかける神楽へ銀時は下卑た笑いを浮かべる。
●●は相変わらずニコニコと笑っていた。

「いやいや、●●。こればっかりはセルフサービスは効かないから。パートナーの協力なしではできねーから。」
「大丈夫。銀さんの妄想力に不可能はないよ。」

何が大丈夫なのかわからないが、●●は輝かんばかりの笑顔で銀時に言う。
結局シックスナインって何ネ?と食い下がる神楽に新八は曖昧に笑ってみせた。

「銀さんみたいなマダオの大好物だよ。」
「何言ってんのぱっつぁん。男はみんな大好物よ。女だって嫌いな奴はいねーよ。」

ねー?●●ちゃん?と鼻の下を伸ばしながら銀時は●●へ同意を求めるが、デリカシーのない男にしてあげたい女はいません、と素気無く返された。

「いやいや。●●ちゃんもペロペロ好きでしょ?」
「未成年に己の性的趣味を暴露する男は対象外です。」
「マジでか。こんなの銀さんの性生活のほんの一部なんですけど。可愛いもんなんですけど。」
「もっとハードなプレイをご所望なら専門店に行かれることをお勧めします。」

●●の口角は変わらぬ笑みを形作っているが、目が笑っていないことに新八はようやく気が付いてしまった。
馬鹿丁寧な口調が余計に怖い。

「何それ、俺に風俗通いしろってこと?束縛しない女アピール?大らかさを主張するのは良いことだけど、ちょーっと可愛げがねえな。マイナス10点。」
「真昼間から子供の前で下品。教育的指導が入ります。マイナス30点。」
「減点しすぎじゃね?そんなペースだとあっという間にゼロになっちゃうじゃねーか。」
「これから減点されるような発言をまだする気?改善姿勢が見られません。マイナス10点。」
「だから減点早ぇよ!」

ああだこうだと謎の採点を行っている間にも、2人の手札は減っていく。

「話を元に戻しますけど、なんでババ抜きなんて始めたんですか?」

脱線していく会話の軌道修正を図るべく、新八は改めて2人へ尋ねた。

「あー…●●の奴がよぉ、買い物行くから荷物持ちしろとか抜かしやがるから、勝負に勝ったら行ってやるってことになってなー。」
「勝った方が相手の言うことを何でも聞く、っていうルールにしたの。」

ダルそうにペアができたトランプを山札に放る銀時から言葉を引き継ぎ、●●は笑った。
可愛い恋人の些細なお願いを「抜かしやがる」などと表現する銀時に、新八は顔を引きつらせる。
なぜこんなデリカシーのない男に恋人がいて、自分にはいないのだろう。
世の中不公平だ。

「買い物くらい行ってあげればいいじゃないですか。どうせ暇なんだし。」
「コラ新八。どうせ暇とか言うな。こいつの荷物持ちという名の奴隷になってるうちに依頼人が来ちゃったらどうすんの。金持ちのお嬢さんが「この身体の火照りを銀さんに鎮めて欲しいのォ」なんて言いながら札束積みにくるかもしれねぇのに、なんで俺が●●のためにサカノタイソンになんてならにゃいけねーんだ。」
「そんな痴女が来るほど万事屋の知名度は高くないし、そもそもそんなAVみたいな展開ありえませんよ。ていうかサカノタイソンって何なんですか?」
「銀さんがそんなに稼げるわけないでしょ。いいとこハクバビューティーじゃない?牝だけど。生涯未勝利だけど。」
「あぁ?銀さんの立派な雄はサカノタイソン並みの化け物だっての。デカさといい黒光りしてるこのフォルムがだな」
「下劣な上につまらない見栄を張って見苦しいわ。マイナス50点。」

ギャンブルになど手を出したことのない新八には、ばんえい競馬を引き合いに出した例え話などまるで理解できなかったが、銀時がまたくだらない下ネタを吐いたことだけはよくわかった。
●●の視線がますます冷たくなっている。
しかし、銀時の謎の喩えについていける●●も如何なものか。

「もう90点マイナス!?テメーには情けってものがないのか!」
「少しは反省しなさい。」
「え、えーっとぉ!銀さんは勝ったら●●さんに何をお願いするんですか?」

自分が怒られているわけではないが、なんとなく落ち着かない気分になった新八は銀時へ助け舟を出した。
●●から吹き荒れるブリザードにも負けず、ドーナツを吸収していく神楽に尊敬の念さえ覚える。

「俺が勝ったら●●に万事屋の家賃払わせる。」
「最低だなアンタ!」

買い物の荷物持ちというお願いに対してあまりに図々しい銀時の要望を聞き、新八は出港したばかりの舟が即座に沈没していく絵が脳裏に浮かんだ。
恋人に対して金銭を要求するとはどれだけプライドがないのかと、思わず頭を掻き毟る。

「勝負の世界は無情アルな。」
「無情じゃなくて銀さんが非情なだけ!つーか非常識!」

10個は詰められていたドーナツの箱を早速1つ空にした神楽は、己の保護者の厚顔無恥な発言に白い眼を向けていた。
こういうロクでもない男に捕まらないよう今から女を磨かねば、と密かに決意する。
いや、こんなろくでなしはそうは簡単に見つけられない。
じゃあ、大丈夫か。
一人納得した神楽は2箱目のドーナツに挑む。

「●●さん!良いんですか!?買い物の荷物持ちと家賃肩代わりじゃ割に合わなさ過ぎですよ!」
「大丈夫よ、新八くん。」

こんな条件飲んでいい訳がない、と訴える新八を●●は笑顔で宥めた。
彼女の左手にはいつの間にかたった1枚になったトランプが握られている。

「私が勝てば問題ないんだから。」

自信満々に言い切る●●へ新八は眉を寄せた。
完全に運の勝負であるババ抜きに必勝法などあるわけがない。

「おいおい●●よォ。そんなこと言っちゃっていいのォ?万事屋がどれだけ家賃滞納してるか知ってる?3ヶ月だぜ3ヶ月。お前本当に払えんの?」
「何威張ってるアルか。恥を知れヨ経営者。」
「天網恢々疎にして漏らさず。これだけ面の皮の厚い人に巡ってくる幸運なんてないわよ。」
「天に目なしともいうじゃねーの。」

ふふん、と鼻で笑いながら銀時は2枚の手札を●●へ向けた。
イヤらしい笑みを浮かべる銀時に対し、●●は口元へ手を当て上品に笑ってみせる。
水仙の花丸文の小袖を翻し、銀時の手札から一枚引き抜いた。

「眼は天を走るってね。」

ハートのキングとクローバーのキング。
2枚のカードを山場に捨て、●●は綺麗に微笑んだ。
銀時の手からジョーカーが滑り落ちた。

「マジでェェェ!?これで当分の間はババアの家賃回収から逃れられると思ったのにィィィ!」

がっくりと勢いよく机に伏せる銀時に、ふふん、と●●の得意そうな笑みが落とされる。
思わず神楽と新八はガッツポーズした。

「さすがアル!●●はキメるとこはキメるアルな!どっかのマダオとは大違いネ!」
「おい!誰のことだよ!キメるとこはバッチリキメるってのは銀さんの専売特許!」
「日頃の行いがこういうところで現れるんですね!カッコいいです●●さん!」

悪は滅びるのが世の常だ。
親の仇をとったかのようなテンションの高さで新八と神楽は万歳した。
ハイタッチを交わす3人を恨めしそうな目で見つめ、銀時は深いため息をつく。

「約束通り荷物持ちお願いね、銀さん?」
「へーへー。持てばいいんだろ、持てば。」
「返事はハイが1回。減点10点。」
「マイナス100点到達!?早くね!?」

ぶつくさと文句を言いながら立ち上がる銀時へ●●は容赦なく採点を行う。
瞬時に持ち点をなくした銀時は嫌そうな顔を隠しもしないで、事務机の中から愛車の鍵を取り出した。
これ以上口を開けば何を減点されるかわかったものじゃない。
このままでは普段の生活態度にまで口を出されるだろう。
そんな不満が滲み出た背中を丸め、足早に玄関へ向かう。

「負けた癖に女々しい男アル。」
「本当にね…負けた以上気前良く男気を見せて欲しいよね…」

雇い主のあまりにみっともない態度に従業員2人は、これ見よがしにため息をついた。
恋人の買い物に付き合う男の姿としては、やはり減点ものだ。

「なんか…すみません●●さん。」
「新八くんが謝ることじゃないよ。」

ころころと笑いながら●●も立ち上がった。
財布の入った巾着袋を握り、玄関へ視線を向ける。

「銀ちゃんの男の器はペットボトルのキャップ並みネ。よくあんなのと付き合えるアルな、●●。」
「まあ、こうなることはわかってたしね。」

銀時が一足先に外へ出たことを確認し、●●は悪戯っぽく笑った。
おもむろに左手を右の小袖へ差し込む。
出てきたのはトランプの束。

「…え?」
「銀さんには内緒ね?」

取り出したトランプを新八に渡すと、●●は人差し指を唇の前に立てる。
子供のような無邪気な笑みを残し、軽やかな足取りで銀時の後を追っていった。

「新八、どういうことアルか?」

ぽかんと口を開けた神楽へ新八は苦笑を返した。

「なるほど…。勝つ自信があったわけだ。」

●●から受け取ったトランプを机の上に広げてみる。
銀時たちがババ抜きに使用していたカードと全く同じメーカー、同じ絵柄のトランプだ。

「イカサマ…だね。」

恋愛経験のない新八には、男女の駆け引きなどまるでわからない。
しかし、女を口説くことにかけては原始人レベルの銀時と2人で買い物に行きたい、という●●のささやかな女心くらいは読み取れた。
わざわざババ抜きなんて幼稚なゲームを持ちかけ、同じ柄のトランプを用意してまで恋人に"荷物持ち"を頼まなければならなかった●●の心情は如何許りか。
甲斐性のない我らがリーダーに情けなくなると同時に、●●のいじらしさに胸を打たれる。
今度から●●が来たらできる限り2人きりにしよう。
もっと下ネタは控えるよう銀時には教育的指導をしておくべきだ。
新八は1人決意する。

「新八…ババって全部で何枚あるものネ?」

1人しんみりと乙女心の考察に浸る新八の袖を神楽が引っ張った。

「え?ババ抜きなんだから普通1枚だけど…」

妙なことを聞いてくる神楽に現実に舞い戻った新八は、眼鏡をかけ直しながら答えた。
神楽の視点は先ほどまで銀時が座っていたソファに注がれている。

「このトランプ、ジョーカーが3枚あるネ。」

ソファの座面と背面が接触する隙間に神楽は手を差し入れた。
その手にはジョーカーが1枚。

「…え?」

新八はテーブルの上のトランプを漁る。
●●のイカサマ用のトランプの中からジョーカーが2枚。
銀時の手から滑り落ちたジョーカーが1枚。
トランプ用ケースの中にゲーム前に抜き取ったと思われるジョーカーが1枚。
まさか、と呟きながらソファの隙間に手を突っ込むとハートのキング。
トランプの束がごっそりと出てきた。
同じデザインのトランプが3組揃う。
計162枚のトランプの山。

「…どういうことネ?」

頭の上にクエスチョンマークを浮かべる神楽に対し、新八は大きなため息だけを返した。
彼女の疑問に答えられないまま、その場でがっくりと膝をつく。

「め、面倒くさ!なんつー面倒くさいカップルなんだ!」

尋常ではないトランプの山に新八は悟った。
●●が着物の袖にトランプを隠し必ず勝てるように仕組んだ様に、銀時もまた必ず自分が負けるようにイカサマをしていたのだろう。
イカサマで銀時と買い物に行く権利を勝ち得て喜んだ●●。
いやいや買い物に付き合わされることになり愚痴をこぼした銀時。
とんだ三文芝居につきあわされたものだ。
そしておそらく当人たちは相手のイカサマには気付いていない。
イカサマなしには素直に誘えない女と、憎まれ口を叩いて一芝居打たなければ重い腰を上げられない男。

デートしよう、の一言にどんだけ手の込んだことしてんだよ!
バカバカしいにもほどがあるわ!

頭を抱えて叫び出す新八と未だ事情が飲み込めない神楽には、不器用な男女の機微などわかるはずもない。

ババ抜きの合間に交わされるくだらない会話も、如何にしてイカサマをするかと相手を伺うためのやりとりも含めて、彼らには立派な”デート”なのだ。



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