こだわり

その日、銀時はタンスの中をひっくり返し所有する全ての下着を探し出した。
新八も帰宅し、神楽も寝室代わりの押し入れに引っ込んだ深夜のことである。

「これか?…あーいや、こっちのほうが新しいんだっけ?」

見つけた下着を全て畳の上に並べると、腕組みしてそれらを眺める。
そして、一枚一枚手に取り吟味していった。

「これはもう色落ちしてっからダメだな。こっちはちょい薄くなってんなー…。」

色落ちの加減、生地の厚さ、ほつれはないか、ゴムの強度。
銀時以外の誰が見ても『どれも大差なくくたびれている』と判断するであろう下着の山を前に、銀時は真剣に査定を続けた。
そうして小一時間ほど悩みに悩んだ末、一枚の下着を手に取る。

「うん、これだな。色、厚さ、縫い目問題なし。ゴムがちっと伸びてっけど入れ替えれば問題ねーしな。」

選び抜いた一枚を満足げに見つめたあと、銀時は押し入れを漁り裁縫箱を探した。
最近、新八が使ったばかりのそれはすぐに見つかった。
まるで宝箱を開ける子供のような心持ちで、丁寧に裁縫箱を引っ張り出す。
しかし銀時が感じている高揚感は、宝探しを楽しむ子供のような純粋な気持ちから生じたものではない。
むしろ邪念の塊から生まれた不埒なものであった。

「明日か…とうとう明日か…。」

ニヤニヤと締まりのない顔をしてしまうのは、”明日”の予定に想いを馳せているからだ。

***

ねえ、銀ちゃん。明日お鍋にしようよ。

●●にそう提案されたのは、今日の夕食時のことだ。
最近想いを通じ合わせたばかりの恋人は、一人暮らしであるため食事も一人で済ませることが多いという。
食事は大勢で食べたほうが美味いに決まっている、と理由を付け都合が合えば万事屋で共に食事を取らせるようにしているのだが、こうして翌日の献立を●●から提案されることが時々あった。
銀時はこんな些細なやりとりでさえも、まるで同棲しているカップルの会話のようだ、と密かに喜んでいたりする。
銀時の●●への溺愛ぶりは、とうとう頭の中も外も爆発したのか、などと周囲に揶揄されたりするが、そんなからかいさえも耳に入らないほどに銀時は惚け切っていた。
そして、可愛がり過ぎてしまったがゆえに仲を深めきれないという本末転倒な事態を引き起こしてしまっている。
会える日の半分以上の時間は手を繋いで過ごした。
抱きしめあった回数は数え切れない。
しかし、キスは片手で足りるほど。
それ以上のことは何もしていない。
銀時は慎重になり過ぎていた。
”爛れた恋愛しかしてなさそう”と常々言われている銀時は、年下のうぶな恋人との自然な距離の縮め方がわからなかった。
そんな折に●●からもたらされた”鍋”の提案は、銀時に天啓の如く煌く予感を与えた。
これを利用しない手はない、と。

「あー鍋ね。いいんじゃねーの。じゃあ、明日は鍋な。」
「本当?やった!一人暮らしだとお鍋ってあまりやらないんだよね。材料とか中途半端に余っちゃうし。」

二人のやり取りを聞いていた神楽と新八が満面の笑みを浮かべる。
そして、喜び賛同しようとした子供たちがしゃべるもより早く、銀時は言葉を被せた。

「あ!でも明日は神楽と新八はお妙と飯食いに行くんだったけな!…な?な?な!?」

セリフを封じ込まれた神楽と新八が不満を言う前に、銀時は二人に目で訴えた。
300円あげるから合わせてくれ、と。
酢こんぶ五箱つけるならのってやるアル。
三人分の外食代出してください。
わかったから協力してくださいぃぃぃ!
アイコンタクトだけでこれだけの意思疎通ができたのは、過ごしてきた時間のなせる業か。
それともわかりやすすぎる銀時の必死な表情のせいか。

「…残念アル。明日は姉御と焼き肉行く予定ネ。」
「…残念ですね。明日は三人で叙々園に行く予定があるんですよ。」

さりげなく高級焼き肉店の食事代を要求されていたが、銀時は構っている余裕はなかった。

「あれ?そうなの?じゃあ、お鍋はまた今度だね。」
「いや!大丈夫だって!一人鍋だと確かに具材が余るかもしんねーけど、二人分ならきりよく作れるから!」
「えー?でも材料使い切ろうとすると具の種類が少なくなるんじゃない?」
「大丈夫だって!その辺は銀さんに任せなさい!ぱぱっと●●ん家で作ってやっから!」
「え?ウチで作るの?ここで食べればいいじゃない。」
「いや、アレだよ!今、ウチの土鍋壊れてっから!この間割っちまったんだよ!確か!」

矢継ぎ早に言い切った銀時に、●●はポカンと不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔で頷いた。

「本当?銀ちゃんのお鍋かあ。楽しみだなあ。」

銀時は心の中で大きくガッツポーズをした。
一つの鍋を突き合うということは、小皿に盛られた料理を各々が食べる時よりも、物理的に近い距離で食べる必要がある。
そこに●●との距離を縮めるきっかけができるのではないか、と銀時は思い付いたのだ。
そして、縮まった距離のまま二人きりで●●と夜を過ごせばきっと何かが変わるはずだ。
銀時は、鍋に膠着した関係の突破口を見出した。
念のため、万事屋の土鍋は後で粉々に割って証拠隠滅しておくことにする。

「おう。銀さんの鍋楽しみにしとけよ。」

銀時がへらへらと笑う姿を見て、神楽と新八は呆れた様なため息をつく。
しかし、変なところで神経質なこの男が精いっぱいの知恵を絞っていることは十分わかった。
幼い二人は、ダメな大人を生暖かい目で見守ることにした。

銀ちゃんが料理するのは鍋じゃなくて●●アル。

それでも神楽が堪えきれずに漏らしてしまった毒は、新八が慌ててかき消した。

***

こうして子供二人の協力の元、●●の家へ初めてのお泊りが許可された銀時は、神楽が寝静まった後に慌てて支度をすることになった。
支度と言っても着替えや髭剃りといった日用品を少々持っていくだけである。
それでも浮かれ切った銀時は、その”少々”に全力を尽くす必要があった。
とりわけ力を入れたのが下着選びである。
初めてのベッドインになる予定なのだから、今にもずり落ちそうなへたれきった下着では締まらないだろう、と思い付き、初夜に相応しい至高の下着を選定するのに必死になっているのであった。

「俺らしいパンツじゃなきゃダメだろ。うん。」

そうして選び抜いた一枚は、ピンク色の生地にポップなイチゴの絵が散らばる大変可愛らしいものであったのだが、銀時は上機嫌だった。
伸びきってしまったゴムを引き抜き、新しいゴムを入れ直す。
自分の身体に合うようにゴムの長さ、伸縮性を確認すると、端が飛び出してこないようゴムの挿入口を縫い直した。
小器用な銀時にとってその程度の繕い物など朝飯前だ。

「完璧だな。お泊りに相応しい完璧なパンツだよ。これは。」

ゴムの入れ替えが完了したパンツを様々な角度から確認した銀時は、何度も頷きながら自分の仕事を称賛した。
そして、抑えきれない興奮を鼻歌に変える。

「このパンツなら問題ねェ!明日何があろうと俺はこのパンツに履き替えて●●と添い寝しちゃうもんね!」

銀時は浮かれ切っていた。
襖をわずかに開け和室を覗き込んでいた神楽が、胡乱な目でその様子を眺めていることに気付かないほどに銀時は浮かれ切っていたのだった。

***

二人で肩を並べて台所に立ち、料理をする。
いつもの万事屋の応接セットではなく、●●の家の小さな炬燵を挟んで鍋を突き合う。
いつもより近いその距離は、銀時が思い描いた通りの親密な空気を作ってくれた。
そして、その時はすぐに訪れる。

「銀ちゃん、お風呂沸いたからお先にどうぞ。」

にっこりと笑いながら掛けられたその言葉に、銀時はドキリと心臓を跳ね上げた。

「…俺は後でいいからよ。●●が先に入れば?」

むしろ一緒に入りたいです、というのが銀時の偽らざる本音であったが、さすがにこの段階でそれを受け入れてくれることはないだろう、となんとか踏みとどまる。
それはまた次回の楽しみにしておくべきだ。
努めて落ち着いた声音で大人の余裕をアピールしつつ、銀時は自身を落ち着かせた。

「ううん。大丈夫。それに銀ちゃんには使ってほしいものがあるの。」
「…使ってほしいもの?」

銀時は●●の言葉をおうむ返しにすると、可愛らしい笑顔が返ってきた。
●●は後ろ手に隠していたものを銀時に差し出す。

「はい。銀ちゃんにプレゼント。」

渡された紙袋はやけに軽かった。
銀時の知らないどこかのファッションブランドのロゴが入った小さなショッピングバッグは、揺するとカサカサとビニールがこすれる音がした。
その中身の正体にまるで見当のつかない銀時は、素直に疑問を口にした。

「なにこれ。」
「パンツだよ。」
「パンツ!?」

明かされた正体は、銀時がまるで予想もできなかったものだった。
銀時は慌てて紙袋を開ける。
さらに包装紙で包まれたそれを乱暴に開けると、果たして●●の宣言通りに男性物の下着が姿を現した。

「あの…●●さん。これは一体どういうことなんですかね?」

銀時は渡された下着を前に呆然と呟いた。
古来より、男性が女性に服を贈るのは”その服を脱がせたい”という意味を持つという。
そして、女性から男性へネクタイを贈ると”あなたに首ったけ”という意味になる。
ならば今、女である●●から銀時へ渡されたこの下着にはどういう意味があるのか。
銀時のパンツを脱がせたいとでもいうのか。
それともその下半身は●●のものだというアピールでもするつもりなのか。
なぜこんなプライベートなものをいきなりプレゼントしたのか。
卑猥な妄想による期待で銀時の胸は膨らんだ。

「朝、神楽ちゃんが電話くれてね。銀ちゃんがお泊り用のパンツがなくて昨夜悩んでたって。」
「ハァ!?何の話だよ!?」

●●の思わぬ返答に、胸に満ちた期待は一瞬で霧散した。
銀時が予想したような桃色な思惑などこれっぽちも含まれていない、むしろ哀愁すら漂っているような銀時の懐事情への同情によるプレゼントだった。
銀時は愕然と渡された下着を見つめる。
昨夜の銀時は、初めてのお泊りを演出する小道具の選出に悩んでいただけであって、決して翌日履くものがないことを悲観していたわけではない。
ちゃんとお気に入りの一枚を持ってきました。
そんな阿呆な主張をしようとしたが、下着のデザインを確認した途端に言葉を飲み込む。
そして、次の疑問を絶叫した。

「なんでマヨ柄なんだよ!?」

スプレイグリーンの生地にデフォルメされたマヨネーズが無数に散らばるトランクスは、どう考えても銀時の趣味ではなかった。
ありとあらゆるものにマヨネーズを掛けねば気が済まないどこかの副長が喜びそうな一品だ。
なぜ、よりにもよってこの柄を選んだのか。

「ああ、そのパンツね。土方さんが一緒に選んでくれたの。」
「ハァァァ!?なんであのマヨラーが俺のパンツ選ぶんだよ!」
「だって私、男の人のパンツなんて買ったことないから。土方さんに協力してもらったの。そしたらこのパンツならどんな男の人も喜ぶって教えてくれて…。」
「『どんなマヨラーも喜ぶ』の間違いだろ!つーかこれ履いちゃうとアイツとおそろになっちゃうじゃねーか!なんでアイツとお揃いのパンツ履かなきゃなんねーんだよ!」
「あ、それは大丈夫。土方さん、衣類系のマヨグッズは使用しないで保存しておく派らしいから。副長室に保管してあるんだって。」
「俺のパンツがアイツの部屋に飾られるのも十分怖ェよ!!」

考えるだけでもゾッとする。
銀時が履く(そんな予定はこれっぽちも銀時にはないが)下着を、土方と●●が楽しそうに吟味する風景。
そして、その下着を自室に飾り満足げに頷く鬼の副長。
どんな羞恥プレイなのかと銀時は頭を抱えた。

「確かに銀さん金は持ってねーけど、パンツは持ってるから。男は少しの小銭と明日のパンツがあればいいってどこかのライダーも言ってるでしょーが。」
「でも神楽ちゃんが『銀ちゃんが夜中にパンツの七並べしてた』って…。」
「さすがに52枚もパンツ持ってねーよ!並べてただけ!そろえようとしてねーからァァァ!」

マヨネーズ柄パンツを床に叩きつけながら銀時は必死に否定した。
今更、万年金欠状態であることを隠すつもりはないが、明日履くパンツにも困っていると思われるのはさすがに心外だった。

「じゃあ夜中にパンツ並べて何してたの?」
「…あー…アレだよ。銀さん物持ちいいからね。繕い物してただけだ。うん。」

お泊りが楽しみで選りすぐりのパンツを選んでました、とはさすがに言えなかった。
恋人の部屋に泊まりに行くだけで、三十路を目前にした男が浮かれていたなどということを暴露するのはプライドが許さない。
自らゴムを入れ直した修繕済みのパンツを掲げながら、銀時は必死に取り繕った。

「え?銀ちゃん、縫物得意なの?」
「万事屋銀ちゃんにできないことはないからね。パンツ縫うくらいわけねーよ。」
「…へえ。すごい。」
「まーな。むしろパンツの一枚くらい縫うどころか織れるレベルだからね、銀さんは。●●のパンツも作れちゃうよ。つーわけで、●●のパンツも作ってやっから見本に今履いてるパンツくれ。」

マヨパンツや七並べパンツから話題を逸らし、そろそろ本来の目的に移行しようと焦った銀時は、真顔で手を差し出した。
本人は大まじめに”大人の時間”のアピールをしたつもりであったが、当然裏目に出る。

「ええ!?ぎ、銀ちゃん最低!まだキ、キスしかしたことないのにいきなりパンツ欲しがるなんて変態!」

●●は顔を真っ赤にして怒鳴った。
その顔を見てようやく自身の失敗を悟った銀時はさらに失言を重ねる。

「あ、いや!ち、違ェよ!別にパンツが欲しいわけじゃなくて中身の方が欲しいだけ!あ、でもパンツももらえるならください!!」
「馬鹿!デリカシーないにもほどがある!!」
「…カレシ以外の男とカレシのパンツ買いに行くのは、デリカシーないとは言わねーのか?」

よりによって天敵ともいえる男と二人っきりで。
どんな店で購入したのかまるで想像もできないが、●●と土方が二人できゃっきゃうふふと下着というごくプライベートなものを買いに行く構図に、銀時は納得ができなかった。
もしかしてこれは浮気の一種じゃないのか。
今度土方に会ったら思い切りズボンを下ろしてパンツ丸出しにしてやろう。
銀時は密かに決意する。

「だ、だって…。銀ちゃんがパンツに困ってると思って…。もしかして履けるようなパンツがなくて、とうとう一枚のパンツをずっと履き続けないといけないところまで来てるんじゃないかって…。」
「ちゃんと毎日取り換えてるから!毎日洗ってっから!」
「銀ちゃん、酔ったり博打でスッテンテンになるといつも同じイチゴパンツ履いてるし…。」
「お気に入り!お気になの!銀さんのトレードマークなだけ!」

流水模様の着物やジャージと同様に、こだわりの衣類は全く同じ型を何着も買い込んでしまうこだわりが裏目に出た。
確かに普段の生活ぶりからは、清潔さをアピールできるような要素はほとんど見当たらないが、それでも毎日同じパンツを履いて暮らしているのではないかという疑念を持たれているとはさすがにショックだった。
銀時は、力いっぱい首を振り●●の疑問を否定した。
しかし、●●の顔はどことなく暗い。

「銀ちゃんって…イチゴ柄のパンツが好きなの?」
「え、あ、まあ。好きっつーか…イチゴ牛乳みたいでなんか美味そうじゃね?」
「お料理と裁縫が得意で、イチゴ柄が好きだなんて…銀ちゃんって女子力高いね。」
「は?」
「私より銀ちゃんの方が女の子っぽい。」
「ちょ、ちょっと待て。確かに銀さんはどっかのメスゴリラより女子力激高だけど、”女の子っぽい”はないだろ。この溢れ出る男臭さが分かんないんですかね?最近じゃ銀さんに影響されて枕まで俺のフェロモン移っちゃってるくらいだからね?」

この場に新八がいれば、『それはフェロモンじゃなくてただの加齢臭です』と突っ込んでくれたのだろうが、あいにく今ここにいるのはどうやってセックスの雰囲気に持ち込めるか頭をフル回転させている銀時と、そんな思惑に気付かずファンシーなパンツを購入してくるようなズレた感性を持つ●●しかいない。
焦りのままに馬鹿なことを口走る銀時を、●●は恨めし気に見つめた。

「…私、銀ちゃんより女子力低いよね。」
「何言ってんの。確かに俺の方が料理上手で裁縫得意だけど。パンツの趣味はわかんねーけど。●●のパンツと俺のパンツ、どっちが可愛いのかまではこの目で確かめねーとわかんねーけど。」
「やっぱり…。やっぱり銀ちゃん、私に女としての魅力を感じてなかったんだね。」
「ハァ?どうしてそーなるんだよ?オメーさんを女として見てなかったら俺どーなんの。俺がホモだって言いてーの?」
「だって銀ちゃん、私に何もしてこないじゃない!」
「へ?」

銀時は思わず口を開けたまま●●を凝視する。
顔を真っ赤にして睨んでくるその初々しい表情に、うっかり欲情しそうになった自分から意識を逸らした。
●●は今、一体何と言ったのか。
ぱちぱちと目をしばたかせて●●の叫びを反芻する。

「手を繋いだりハグはしてくるのに、キスは全然してくれないし!それ以上のことなんて何もしてこないじゃない!私に女としての魅力を感じてないからでしょ!」
「え?え?…え!?」
「初めてのお泊りだからすっごく緊張してたのに!どうなっちゃうんだろうってどきどきしてたのに!」
「…え、期待してたの、●●さん。マジで?」
「なのに縫物得意とか女子力アピールなんてして!」
「してない!そんな当てつけしてない!」
「これからの銀ちゃんのお泊り用にパ、パンツまで用意しておいたのに!可愛いパンツじゃなきゃ履きたくないとか!」
「そこまで言ってねェよ!マヨ柄が気に食わないだけだから!銀さんそんな少女趣味じゃないから!」
「銀ちゃんの馬鹿!銀ちゃんの女子!早くお嫁に行っちゃえ!」
「誰の!?」

キャンキャン騒いでいるうちに恥ずかしくなってきたのか、●●は真っ赤な顔を両手で覆い隠し銀時に背を向けてしまった。
丸まったその背中はいつもより小さく、小動物が震えているような頼りなさだった。
か細い背中を見つめながら、銀時は呆然と浮かんだ想いを噛みしめる。
なんだ、俺だけじゃなかったのか。

「あの…●●さん?今のマジで?」
「…。」

無言は肯定なのだろう。
こうやって関係を深めることに、期待と不安を持っていたのは自分だけではなかったらしい。
柄にもなく憶病になっていた自分を再認識して、銀時は苦笑いを浮かべた。
一人でパンツの選定に精を出していた銀時と、突然お泊り用のパンツを用意した●●。
こうやって斜め上のアプローチで暴走してしまうあたり、自分たちはどうやら似た者同士なのかもしれない。

「なあ、●●さんよォ。」
「…。」
「こういうのはさァ、役割ってモンがあるんじゃねーの?」
「…役割?」

そろりと振り返った●●に向けて満面の笑みを浮かべながら銀時は言った。

「そ。●●が献立決めて、俺が料理指導。●●がパンツ買って来たら俺が縫い直す。それでいいんじゃねーの?」
「…。」
「じゃあ、アレだ。お前、俺のパンツ洗え。毎日洗え。」
「…は?」

今度は●●がぱちぱちと瞬きを繰り返しながら銀時を見た。
そのあどけなさに銀時の胸に更なる愛しさがこみ上げてくることを、●●は知らない。
しかし、それでいいのだろう。
そうやって互いのことを知り、自分の中にある恋心を徐々に発掘していけばいいのだから。

「そんなに銀さんのパンツ事情が知りたきゃオメーが俺のパンツ洗えばいいじゃねーの。」
「いや、別に銀ちゃんのパンツコレクションには興味ないんだけど。」
「だからコレクションじゃねーって。七並べはできねーって。」

もごもごと反論してくる小生意気な恋人を背中から抱き寄せながら、銀時は笑う。
相手の知らないところで相手に伝わらない葛藤をすることさえも楽しい。
お互いがそうやって空回り、同じ想いを共有していることを発見するという手探りのような宝探しもいいのかもしれない。
まるで思春期の中学生のような自分たちの恋愛事情に呆れた。
それでもやはり、胸を占める温かさの名前は”幸せ”とかいう類いのもので。

「今度、●●のパンツも俺が選んでやっから。」
「…それは、なんかヤダ。」

振り向いた生意気な口を塞いでやりながら、銀時は思い直す。
パンツを選ぶよりも、手料理を振る舞うよりも、小賢しい計画を立てるよりも、そんな小細工よりも先にするべきことがある、と。
相手に望むことを、望まれたいことをもっと口に出し確認するべきだったのだと。

「な、●●。銀さん、●●にお願いがあるんだけど。」
「…銀ちゃんも?」

啄むような口づけから解放してやると、●●はこてりと首を傾げて銀時を仰ぎ見た。
期待が滲んでいるような少し潤んだその瞳を見ながら、銀時はまた嬉しくなる。
きっと、●●もまた銀時と同様に”相手に伝えること”の重要性を認識したのだろう。
銀時は、ゆるりと笑いながら●●に先を促した。

「…なんか、一人で暴走して恥ずかしい。ちゃんと銀ちゃんに伝えればよかったんだね。」
「…そーだな。言ってみ?●●が銀さんにして欲しいこと。」
「…うん。」

もぞもぞと銀時の腕の中で体勢を直すと、●●は改めて銀時に向き直った。
そして恥ずかしそうに銀時を見つめる。

「…銀ちゃん、あのね?」
「おう。」

銀時はぐっと拳を握る。
なんだかんだと馬鹿なやり取りをしたが、ようやく本来の目的に到達できる。
遠回りはしたが、結果オーライだ。
どきどきとうるさい心拍音を聞きながら、銀時は●●の言葉に備えた。

「…銀ちゃん。」
「おう。」
「…私に縫物を教えてください!」
「おう!銀さんも●●と熱―い夜を…ってえ?」

がばりと力強く●●を抱きしめようとした両手が空中で止まった。
銀時は、飛び立つ直前の鳥のような奇妙な姿勢のまま硬直する。
今、何と言った?

「やっぱり私、銀ちゃんに負けないくらいの女子力を身に着けなきゃダメだね。銀ちゃんに女として認めてもらえるように頑張る!」

きらきらと目を輝かせて宣言した●●に銀時は、あんぐりと口を開けた。
今の流れで、なぜそんなセリフが出てくるのだ。
手を出してほしい、とかそういう話じゃなかったのか。
なぜそんな方向に走った。
銀時は慌てて●●に取り縋る。

「いや、待て、●●さん?銀さん、じゅーーーぶん●●のこと女の子だと思ってるから。もうムラムラしちゃうくらい●●に女を感じてるから!」
「銀ちゃんにふさわしい女の子になるから!待っててね!!」
「うおおおい!?それもしかしてお預け宣言!?」

私、頑張る!と謎の誓いを立てる●●に銀時は慌てふためいた。
必死に●●を思い直させるべく説得するが、恋する乙女は得てして思い込みが激しいものだ。
●●は早速銀時のパンツを拾い上げ、これで練習しよう!と提案した。

「私頑張るから!銀ちゃん応援してね!」
「頑張らなくていいから!そのままで十分だから!むしろ銀さんに今夜頑張らせて!!」

銀時の叫びは純な乙女の熱意に呑まれた。
果たしてこのまま夜が明けるのが先か、●●の裁縫スキル向上が先か。


その後の展開は、ほつれたパンツの出来栄えのみが知る。


Twitterでいただいたネタを書いてみようその2。
「初めてのお泊りに備えてパンツを縫う銀さん」という可愛らしいネタが明後日の方向に飛び立ちました。

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