福袋

年を重ねると休日に外に出掛けることが億劫になった。
誰が見ているわけでもないが、それなりの服装に着替える必要はあるし髪の毛もセットしなければならない。
化粧をするのも面倒だし、余計なお金を使う機会が増える。
正月などもってのほかだ。
どこに行っても人で溢れているし、とにかく寒い。
正月は家でじっとしているのが一番である。
朝から晩までお笑い芸人たちが入れ代わり立ち代わり芸を披露するテレビを眺めながら餅を食べる。
炬燵から一歩も出ないまま眠りたいときに寝てしまうだらだらした休日は何にも代えがたい。
だから、正月三が日の夜遅くに家のチャイムを鳴らすような輩に取り合う必要などないのだ。
これがあと半日早い時間帯だったならば、お妙さんや九兵衛さんあたりが新年のあいさつに来たのかもしれない、とすぐさま出迎えにいっただろう。
しかし、日付を跨ぐような時間帯に非常識にもチャイムを連打するような不届き者といえば一人しか思いつかないので、私は堂々と居留守を使うことにした。
押し入れの中からヘッドホンを引っ張り出し、テレビに接続する。
音量を上げチャイムの音が全く聞こえなくなったのを確認して、再び炬燵に潜り込んだ。
そのうち諦めて帰るだろうと思っての行動だったが、”不届き者”は我が家の合鍵を持っていることを思い出す。
もしかしたら鍵を使って勝手に上がり込んでくるかもしれない、と思い付いてしまった時、ヘッドホンが耳から外れた。

「なに居留守使ってんの。」
「新年早々ピンポン連打してくるような常識知らずな方とは関わり合いになりたくありません。」
「彼氏以外に新年早々お宅訪問してくれるような輩がいるんですかコノヤロー。」

振り返ると、右手にヘッドホン、左手に紙袋をぶら下げた状態で冷たい目を向けてくる恋人がいた。

「今何時だと思ってるのよ。私もう寝るんだけど。」
「どーせ朝から炬燵でごろごろして朝も夜もない生活リズムになっちまってんでしょーが。」

あー羨ましい。
そう言うと銀ちゃんは、肩まで炬燵に潜り込む私の真横にどっかりと座り込んだ。
ヘッドホンをそこらにぽいっと投げ捨て、紙袋を床に並べる。
そのヘッドホン、結構高かったのに。
なんとか非難の言葉を飲み込んだ。

「そんな干物女に優しい銀さんから福袋です。」
「…福袋?」
「そ。福袋。」

並べられた紙袋は2つ。
A4サイズのノートが入る程度の小さな紙袋と、コートやロングブーツが余裕で入りそうな大きな紙袋。
どちらもそれなりの重さがあるのか床に置いた時、どさりと重量感のある音がした。
私は2つの紙袋をじっくりと眺めた後、銀ちゃんが投げ捨てたヘッドホンに手を伸ばす。

「私がなくしたのはこのヘッドホンです。紙袋を池に落とした覚えはありません。」
「誰が金の斧銀の斧ごっこやりたいなんて言ったよ。正直者の●●ちゃんには両方の紙袋をやっからな。」
「クーリングオフで。」
「カスタマーセンターは正月休みです。」
「嘘つき。正月も絶賛稼働中のくせに。」

私の手がヘッドホンに届くことはなかった。
私が掴むより早くヘッドホンを拾い上げた銀ちゃんは、炬燵に入ったままでは手が届かないところへヘッドホンを移動させる。
ほれ選べ、と再び紙袋を鼻先に突き付けてきた。

「絶対ヤダ。これ、開封した瞬間に返品不可って言う気でしょ。今すぐ使えとか言ってくるパターンでしょ。」
「へェ?●●はこの福袋に何が入ってると思ってんの?」
「どうせ、いやらしいものでしょ。」
「あらまァ。●●ちゃんったら新年早々えっちィ。銀さんがヤラシーものを持ってくること期待しちゃってるんだァ?」
「ここ、”吉原店”っていうシール貼ってあるよ、銀ちゃん。」

私は、小さな紙袋の方の開封口を指さした。
中身が覗けないようにぴっちりとテープで口を閉じてあるのだが、よく見てみるとテープには”吉原店”とプリントしてある。
紙袋自体は白一色で何も印刷されていないというのも、余計に怪しかった。
店名を堂々とプリントすることがためらわれるような代物だと疑わざるを得ない。
銀ちゃんからは微かに白粉の匂いがする。

「正月早々、吉原で何を買ってきたのかしら。」
「…えーっと、あれだよ。お前。吉原で売ってるものがみんなアダルトグッズとは限らないからね?餅とかおせちとかもフツーに売ってっからね?つーか今日、俺はその売り子やってたし。姫始めグッズも売ったけど。」
「言っとくけど、銀ちゃん。姫始めって年の初めにえっちすることじゃないからね。1月2日に姫飯を食べる日だからね。」
「え!?そうなの!?」
「…やっぱりそっち方面を期待してたんじゃないの。」

近年では姫飯を食べる習慣などすっかり風化してしまい、姫始め=年明けにセックスすることが一般に定着しつつあるが、それは言わないでおく。
何はともあれ、小さい方の紙袋はアダルトグッズが詰まっていることが分かったので、私はそれを銀ちゃんの手が届かないところへ投げ捨てた。
高かったのに!という非難の声は聞かなかったことにする。

「新年早々煩悩の塊じゃないの。除夜の鐘ちゃんと聞いた?」
「うっせー。人間ってのは煩悩なしでは生きていけねェ生き物なんだよ。煩悩の数だけ幸せになれる生き物なの。」
「そうですか。じゃあ私に憑りつく堕落という名の煩悩にも抗っちゃだめだよね。」
「それはしっかり抗えよ。」

あくびを一つこぼして炬燵に深く潜り込むと、銀ちゃんがばさりと炬燵布団をめくった。
ひんやりとした冷気が炬燵に入り込んでくる。
私は銀ちゃんを思い切り睨みつけた。

「ちょっと、何すんのよ。」
「寝るな!福袋がもう一個あんでしょーが!」

銀ちゃんは大きい方の福袋を指さした。
しかし、視線を動かすだけで指一本動かそうとしない私の様子を見て、がっくりと肩を落とす。
自分で大きな紙袋を手繰り寄せた。

「彼氏からのプレゼントにそんなに無関心ってありえなくね?」
「万年金欠のパチンコ狂いがプレゼントっていやな予感しかしないもん。」
「人の好意をなんだと思ってんだコノヤロー。」
「えっちなこと以外で好意を表現出来ないんですかコノヤロー。」
「できるわバカヤロー。」

そう言うと、銀ちゃんは大きな紙袋をひっくり返し中身を床にぶちまけた。
私の目の前に色とりどりの布の山が築かれる。

「…なにこれ。」
「晴れ着。」

見てみ、と言って銀ちゃんは布を広げた。
振袖だ。

「晴れ着なんて面倒くさいもの着たくない。」
「文庫結びなら俺できるし。」
「…髪セットするの面倒くさい。」
「編み込みでいいだろ。簪もあるし、ちょいちょいっとやってやっから。」
「……メイク。」
「正月っぽくゴールド系パレットをそろえてみました。」
「………万事屋って美容師の仕事もするの?」
「●●専属でな。」

私はのそのそと炬燵から這い出て、銀ちゃんがぶちまけた紙袋の中身を確認する。
赤地に流水の柄が描かれ、その上を小花が散る振袖。
梅の細工が施された金の平打簪。
バケツサイズのメイクボックス。
動揺を隠すのに精いっぱいでそれらに触れることはできなかった。

「…人一倍腰が重いこたつむりがなんでこんな気合の入った正月セットを持ってきたの。」
「そりゃお前、決まってんだろ。」

銀ちゃんは簪を手に取ると、乱れたままの私の頭に簪を差す。

「正月休みなのに彼氏にかまってもらえなくてふてくされてる可愛い彼女のご機嫌伺いだよ。」

銀ちゃんはばさりと着物を広げると、私の肩に掛けた。
着物ごと私を抱き寄せる。

「俺だってよォ。正月は炬燵に籠ってダラダラしたかったっての。新年早々、吉原で餅売りやれだのかまっ娘倶楽部の宴会を伝えだのあんなに仕事が入るなんて思わなかったしよォ。」
「…普段からちゃんと働かないからお正月に小銭を稼がないといけない羽目になるのよ。」
「そーですねー。俺の普段の行いが悪いから彼女も拗ねっちゃったんですねー?」
「……拗ねてないもん。」

徐々に熱くなる顔を隠そうと思い切りそっぽを向いてみたが、無駄だった。
銀ちゃんの額が私の肩に乗せられる。

「拗ねてないなら正月デートでもしませんか?銀さん、可愛い彼女の可愛い姿を見たいんですけど。」

そう言ってぐりぐりと額を擦り付けてくる銀ちゃんに、私は白旗を上げるしかなかった。
ニート侍なんて揶揄されるくらい普段はだらけきった銀ちゃんが、仕事を理由に新しい年を一緒に迎えてくれなかった。
新年を一緒に迎えたかったと子供みたいな駄々をこねてふてくされていた自分が恥ずかしくなる。
しかしそれを素直に伝えることができず、”寝正月が一番の贅沢”だなんて自分を誤魔化そうとする私の卑屈な考えなど、銀ちゃんにはお見通しだったのだろう。
仕事とはいえ、吉原で月詠さんや日輪さんといった美人に囲まれて正月を過ごしている銀ちゃんへの苛立ちだとか周りの女性たちへのやきもちも。
だけど素直じゃない私は、すぐさま投降することができない。

「新年早々こんなに豪勢なプレゼントをくれる完璧な彼氏はそういねーだろ?」
「…かまっ娘倶楽部からの借りものじゃなければ完璧だったね。」

そう言って、銀ちゃんの首筋に残る白粉を拭いとる。
銀ちゃんの小さな笑い声が私の直感を肯定した。

「オメーさんも、もうちっと素直になれば完璧だな。」

すぐさま離れようとしたが、後ろ頭を掴まえられた。
視線がかち合うように無理やり向き直される。

「そーいうとこも嫌いじゃねーけど。」
「素直じゃないのはどっちなの。」

へらりと笑う銀ちゃんに私も思わず笑ってしまった。
今年初めてのキスは少し酒臭い。


今年もきっと、この男には敵わない。
そんな予感がした。


正月太りを理由に姫始めグッズの使用は拒否されました。

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