阿呆共の集い

「あれ?銀さん。今日も仕事ないの?」

駄菓子屋で買った練り飴を無心で練り合わせているとき、銀時は知った顔に鉢合わせた。
長谷川だ。
銀時は、"マダオ仲間"と周りに揶揄される長谷川に一瞬視線を合わせた後、すぐに飴へと意識を集中させた。

「今日も仕事ないとか長谷川さんにだけは言われたくねーよ。路上生活者。」
「だって本当のことじゃん。平日の真昼間から駄菓子屋の前で座り込んで練り飴食べてる大人にどんな仕事があるんだよ。」
「俺は今、何回練ったら練り飴が至高の味に辿り着くかっつー調査で忙しいんですぅ。これからの練り飴の購入頻度に影響を与える重大な仕事なんだよ。」
「その練り飴を買う金の心配しようよ…。」

長谷川は呆れたように言うと、駄菓子屋の奥で店番をする老婆に声を掛けた。
どうやら長谷川も練り飴が食べたくなったらしい。

「つーか、なんなのその格好。いつもの汚い甚平はどうしたんだよ。」
「汚いとか言わないでくれる?一応時々洗ってるんだから。」
「きったねェドブ川で洗ったところで大して変わんねーだろ。おっさん臭いかドブ臭いかの違いしかねーじゃん。」
「本当失礼だなアンタ。」
「で?その妙な格好なに?」

銀時は飴を練りあわせる手は止めないまま、再び長谷川に目を向けた。
長谷川の服装は背広だった。
年号が大正に変わってからは世間に広く普及してきた背広は、知識人や商人の間で一般的に着られるようになった洋装だ。
今でこそ路上生活をしている長谷川だが、かつては政府高官として働く富裕層の一人だったという。
そんな彼が背広の一着や二着を未だに持っていても不思議ではない。
しかし、長谷川が纏っている背広は銀時がかつて大学構内でよく見かけたものとは随分異なったものだった。

「布…じゃねーよな。それ。紙?」
「段ボールって言うんだよ。ガラス物とかを包む包装。」
「は?なんでその包装紙で背広作ってんの?ガラス細工を包むように俺も包んでくれっつー主張?そんな繊細なおっさんじゃねーだろアンタ。」
「いい歳こいたおっさんがそんな気持ち悪い主張するかよ。」
「じゃあ何よ。」

胡乱な目を向ける銀時に向かって、長谷川は胸を反らしながら段ボール製の背広を見せつけた。
通常の背広ならば縫い代の部分に当たるところを、紐で結ぶことで繋ぎ合わせている。
おかげで体の側面は素肌が丸見えになっており、北風に晒されているためか真っ赤に染まった肌がちらちらと覗いていた。

「さっきまで採用面接だったんだよ。貿易関係のお堅い仕事だからここはビシッと背広で決めようと思ってさ。」
「その格好で面接行ったの?」
「うん。」
「わざわざ自作して?」
「使わなくなった段ボールがいっぱい捨ててあったから。」
「馬鹿だな。」

なんでだよ!という長谷川の叫び声を無視し、銀時は練り飴に視線を落とした。
ほんのり赤く色付いた中年男の肌など見たくもない。

「過去の栄光に縋って背広に執着するってのが、そもそも間違ってんだよ。今やアンタは、嫁に逃げられ、家も失い、凍死しない寝床を探して彷徨う路上の探求者だろ。身の丈にあった仕事探せよ。」
「弁護士の肩書き持ってるだけで、毎日仕事しないで遊んでる銀さんこそ地道に身銭を稼ぐ方法見つけなよ。」

やれやれ、とため息をつきながら長谷川は銀時の隣にしゃがみ込んだ。
二人で並んで飴を練り始める。

「そんなに毎日ぷらぷらしてたら奥さんに怒られるんじゃないの?ほら、あのいいおっぱいした奥さんに。」
「長谷川さん、ぶっ飛ばされてーの?他人のカミさんのことヤラシイ目で見てんじゃねーよ。」
「いや、銀さんの奥さん見たことないし。銀さんが会うたびにおっぱいの話しかしないからおっぱいのことしか知らないんだけど。」
「ハァ?ウチのカミさんのおっぱいの何を知ってんだよ。勝手にズリネタにしてんじゃねーぞ、マダオ。」
「なんかすんごい理不尽な罵り受けてるんですけど。」

チンピラのような銀時の絡み方に辟易した長谷川は、肩を竦めた。
理不尽な銀時の態度は、若い新妻を必死に庇っているようにも単に照れを隠そうとしているようにも見える。
長谷川は自身の新婚時代を思い出して、少し切ない気持ちになった。

「しっかしあの銀さんが嫁さんを貰うとはね。銀さんと一緒になろうだなんて、なかなか豪胆な娘さんだよなぁ。」
「どういう意味だよ。確かにアイツは器もおっぱいもデケェけど。」
「…やっぱり自分から奥さんのおっぱいの話してるよね?」
「おっぱいだけじゃねーよ。ケツもプリッとしてっから。」
「結婚前も『おっぱい揉みたい』って話ばっかりしてたよな、銀さん。で?実際に揉んだ感想は?」
「最高でした。」

いい歳した大人が駄菓子屋の前でしゃがみ込み、にやにやと笑いながらひたすら飴を練る姿は異様なものだった。
駄菓子屋の前を通る人々は皆、不審な男たちを視界に入れないよう足早に通り過ぎていく。
駄菓子屋にとっては一種の営業妨害である。

「こう…なんてーの?しっとり吸い付いてくるみたいな?パイズリしたくなる感じっつーか。実際にやったらスッゲー嫌がられてめちゃくちゃ怒られたけど。」
「奥さんパイズリできんの?スゲーな。」
「想像すんなよ。俺のおっぱいだから。」
「だから顔も知らないんだって。」

へらへら笑いながら銀時は飴を練る手を速めた。
負けじと長谷川も飴を練る。

「普段着物だと全然わかんないんだけど、脱いだら凄いんだよ。俺のおっぱいを見る目に狂いはなかったね。」
「洋服でも買ってあげたら?アレはなかなかいいもんだよ。おっぱいも脚もよく分かるし。」
「何言ってんだよ。俺のおっぱいを他の野郎共に公開するわけねーだろ。そもそも洋服なんざ買う金ねーし。」
「後半の理由の方が本命だよね?」
「まあ、アイツ結構稼いでっからな。自分で買ってくる分には止めねーけど。ウチの中で着るだけなら問題ねーし。」

この時代、弁護士の数は実際に起きる事件数を上回る規模で増え続け、生活の窮状を訴える弁護士が多く存在した。
帝国大学卒業生の利を活かし、弁護士試験免除で弁護士になれた銀時であったが、銀時もまた御多分に洩れずそんな仕事のない貧乏弁護士の一人となり、毎日暇を持て余している有様だった。
とうとう我慢の限界を迎えた●●が外へ働きに出てしまったのもやむを得ない事といえる。

「あー…確か通いの女中さんやってるんだっけ?土方家の。あそこ今すんごい羽振りいいもんなぁ。いいなー俺も雇ってくんねーかな。」
「俺は止めとけって言ったんだけどね。あそこの末っ子、瞳孔開きまくってるし。ムッツリっぽいし。」
「でも奥さんの稼ぎないと暮らせないんだから銀さんが口出す隙はないよな。」
「…別に俺はカミさんの尻に敷かれてるわけじゃねーよ?アイツがどうしてもって言うから寛大な心で許してやっただけで。坂田家は亭主関白だからね?」
「稼がない男は一家の主になれないんだよ、銀さん…。気付くと自分の城も無くしちまうんだぜ。」
「おい。不吉なこと言うんじゃねーよ。まるで俺も捨てられるみたいな言い方止めてくれる?」
「俺もまだ捨てられたわけじゃねーもん。ちょっと実家に帰っちゃっただけだし。」

二人の間に沈黙が降りた。
真っ白になるまで練られた各々の飴を見つめ、互いの会話を振り返る。
まあ、こいつよりマシかな。とお互いが密かに結論付け、安心していることには気付かなかった。
この自己分析の甘さが、働き盛りの男であるにも関わらず暇を持て余してしまう現状を生んでいる要因であるのだが、それに思い当たることができないからこそ、二人は"マダオ"なのであった。

「ガキの社交場で屯ってる変質者がいると思ったらダンナじゃありませんか。」

俯く二人の頭上に影が落ちた。
銀時たちが同時に顔を上げると、影の持ち主…沖田は、顔に似合わない毒を二人に吐き落とした。

「誰が変質者だコノヤロー。男はいつまで経っても少年の心を忘れねーんだよ。駄菓子屋はいつまでたっても男の集会所なんだよ。」
「純な少年は大声でおっぱいの話なんてしないんじゃねェんですかね。」

沖田は冷めた目で阿呆な大人二人を見下ろした。
下手に顔が整っている分、眼差しの冷たさが倍増しているような錯覚を与える。
美少年の背広姿は、ふた回りは年上の長谷川よりも、よっぽど堂に入っていた。

「つーか、まだここで溜まってたんですかい。暇な人間ってのは羨ましいねェ。」
「”まだ”?」
「一時間ほど前にこの辺りを通った時、ダンナ方の姿が見えたんですよ。あまりにも怪しいんで無視して通ったんですがね、まさかまだここでくっちゃべってるとは思わなかったんで。」

無表情のままに淡々と言う沖田に、銀時は嫌そうに顔を顰めた。
長谷川の脇を肘で突きながら、顎でしゃくる。

「ほら、長谷川さん。あれが本物の背広だ。背広ってーのはああいう厭味ったらしいインテリ層が着る嫌味な装備なんだよ。」
「いや、俺も昔背広着てたから知ってるし…。つーか何?俺のお手製段ボール背広になんか文句でもあんの?」
「文句はねーけど嫁が出て行った理由はそういうところにあるんだろうな。」

感慨深そうに何度も頷いて見せる銀時に長谷川は青筋を立てた。
二人の馬鹿馬鹿しい会話とはまるで別次元にいるといわんばかりの沖田は、銀時たちのくだらない言い争いをしらけた目で見守る。
そして、争いがひと段落ついた後、大きな爆弾を落とした。

「そういやあ、ダンナ。さっきここを通った後に●●さんに会いましたよ。」
「え?」
「土方の野郎に付き合って買い出しに行く最中だったみたいなんですけどね。」
「あの野郎…!やっぱり●●のおっぱい狙ってやがんな…!」
「せっかくなんで伝えておきましたよ。『アンタの旦那なら昼間っから仕事もしないで駄菓子屋の前で遊んでた』って。」
「え!?」

銀時の飴を練る手が止まった。
練り飴と同様にその顔色も徐々に青白くなっていく。

「沖田くーん?なんでそういうこと言っちゃうかなァ?絶対ウチのカミさん怒っちゃったじゃん。晩飯出てこないヤツじゃん!」
「尻に敷かれてるんですねェ。情けねーや。」
「うっせー!アイツ怒ると怖ェんだよ!…長谷川さん!今夜飲みに行くぞ!」
「は?ますます怒られるんじゃないの?」
「ほとぼりが冷めた頃にこっそり帰ることにすっから。今夜は長谷川さんの新聞紙の豪邸に泊めて。」
「ほとぼりが冷めるのはいつになるんだかわかりませんけどねェ…?」

沖田は含みを持たせた言葉と共ににやりと笑った。
つい先刻まで銀時と長谷川が浮かべていた薄ら笑いとは異なる凄味のある笑顔だった。

「●●さんに『ガキの社交場である駄菓子屋で、小汚いおっさんと大声で嫁のおっぱいの話してる』って付け加えておいたんでさァ。すげェ顔してましたよ。般若ってのはああいう顔をしてるんだろうねィ。」
「お、沖田ァァァ!!!」

銀時は勢いよく立ちあがった。
思わず大事に練り続けていた飴を沖田に向かって投げつける。
沖田は無駄のない動作でそれを避けると、鼻で笑って見せた。

「そういやあ、隣で聞いてた土方の野郎が『このまま土方家に住み込みで働けばいい』って●●さんに勧めてたなァ。●●さんも満更じゃなさそうで…」
「●●ー!俺ァ、住み込みなんて認めねーからな!!お前は俺のおっぱい…じゃなかった、カミさんだろーがァァァ!!!」

銀時は絶叫すると、そのまま走り出した。
向かった先は土方家の屋敷へ続く道だ。
取り残された長谷川と沖田は、お互いに顔を見合わせる。

「君、可愛い顔してやることえげつないね…。」
「土方の野郎とダンナで修羅場なんて最高に面白いネタ、見逃すわけにいかないんでさァ。」

沖田は不敵に笑うとゆったりとした足取りで銀時の後を追った。
宣言通り、“修羅場”を自分の目で見届けに行くのだろう。
長谷川は無言で沖田の背中を見送った。



長谷川は嵐の去ったような静けさの中で、一人苦笑いを浮かべた。
練り上げた飴を口に入れる。
銀時の必死な形相と沖田の人の悪い笑みを思い出し、飴の甘さと共に噛み締めた。

「惚気たいなら素直に惚気ればいいのに。だから余計に面倒になるんだよ。銀さんも素直じゃないなあ。」

転落中とはいえ、人生の先輩は見抜いていた。
おっぱいがどうのと卑猥な言葉で飾り立てる銀時の言葉の奥に、自分の嫁の自慢がしたいという可愛らしい願望が覗いていることを。

長谷川からすれば、坂田夫婦の意地の張り合いなど子犬がじゃれるようなものだ。
練り飴以上に甘い、惚けるような初々しさの表れでしかない。


地元で有力な豪農の末っ子・土方十四郎(検事)との熱い法廷バトルと恋の鞘当が起きたり起きなかったり。

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