カボチャの大義

"ハロウィン"とは本来どのようなイベントなのか。

ほんの数年前まで"ハロウィン"といえば、カボチャプリンだとかパンプキンケーキだとかやたらと頭に『カボチャ』や『パンプキン』という単語が乗ったスイーツがスーパーやケーキ屋に並んで、当日の夕方に『今日は魔除けのなんちゃらかんちゃら』とニュースで2分くらい紹介される程度の、そんなイベントだったと思う。
それが今ではどうだ。
仮装パーティーの告知がそこらで溢れ、ハロウィン限定メニューだのハロウィン限定デザインだのがあちらこちらで出現し、子供はおめかしして堂々と菓子をねだり、大人はハイになってる異性を誘いまくる薬でもキメてそうな妙な祭りになっている。
トンキホーテに行けばペラペラの魔女っ子衣装やドラキュラのコスチュームが並んでアヤシゲなプレイに励めとばかりに煽りまくり、アダルトグッズまでカボチャ色のファンシー仕様で性夜を応援しますと言わんばかりの露骨さだ。
だから俺は、ハロウィンとは男女の間ではそういうイベントだと思っている。
カップルはコスチュームプレイに励み、相手のいない若者はイベントに浮かれて3割増しイケてるように見えるテキトーな相手を捕まえる、そういう少子高齢化対策みたいなアレだと思っている。
そういうイベントなんだから、いい歳した大人の俺が乗っかっても何の問題もないはずだと思っている。

●●だって、世の女の例に漏れずこういうイベント事が好きなはずだ。
ハロウィン当日は、可愛い魔女っ子コスチュームに身を包んだ●●が万事屋を訪れ(黒猫でも可。猫耳と尻尾は外せない。絶対可愛い)、可愛らしく「トリックオアトリート!」とおねだりしにくるはずだ。
しかし、万事屋には新八も神楽も定春もおらず(なんとか追い出しておこう)、俺しかいない静かな部屋にちょっと●●は戸惑う。
それでも気を取り直して再び「トリックオアトリート!」と言う●●を、俺は不敵な笑みで迎えてやるのだ。
「この糖分王が他人に糖分恵んでやるなんて本気で思ってんの?」と言いながら、●●の手を引きソファの上に押し倒す。
俺は慌てる●●の短いスカート(のはず)をぴらりとめくり、ガーターベルト(ニーハイかもしれない)のラインをするすると撫でながら、「ほら、イタズラするんだろ?もっとすごいイタズラしてみろよ。」と急かすのだ。
すると、●●は顔を真っ赤にさせて「やだ、やめてよ、銀ちゃん」と弱々しく抵抗する。
そんな●●の耳元に口付けて「じゃあ、どうすんの?」と意地悪く聞く。
すると●●は目に涙を溜めて無言で訴えてくるはずだから、俺はそこで言ってやろう。
「言っとくけど、銀さん、誰にでもこういうことするわけじゃねーから。●●にしかこういうイタズラしないし、●●にしかイタズラしてほしくねーんだけど。●●はどーなわけ?誰にでもこういうことさせちゃうの?イタズラすんの?」と。
すると、●●は目を泳がせながら「馬鹿…。私だって銀ちゃん以外の人にこういうことされたくない。」と告白するはずだ。
かくして、めでたく10月31日の夜は俺たちもハッピーなハロー淫☆ナイトになるわけである。
完璧な計画だ。
我ながら完璧なシミュレーションだった。

ハロウィン当日、●●が仕事だなんて知らなかったんだから。

***

「銀ちゃん、ウジウジうざいアル。」
「そうですよ。仕事なんですからきっちりやってくださいよ。」

10月30日、つまりハロウィン前日に●●にハロウィンの予定を尋ねたら、「あ、仕事になったの。休日出勤。年末に向けてちょっとずつ忙しくなるのよね。」と返されて、あっさり俺の野望は潰えた。
そして、タイミングがいいのか悪いのかさっぱりわからないが、万事屋にも急な仕事が入り、俺たちも遊んでいられるような時間はなくなった。
風俗店のイベントの客引きというハロウィンらしいといえばハロウィンらしいその仕事は、ご丁寧に臨時のバイトである俺達にまでコスプレをさせてくれた。
呼び込みの台詞の意味を半分も理解してない神楽は、魔女のコスプレをして騒げる、という点のみでそれなりに楽しんでいるようだが、はしゃぐ若者を眺めなくてはならない俺のテンションは下がる一方だ。

「ちゃんとお仕事してますぅ。ちゃーんとモテない人肌に飢えてそうな童貞に狙い定めて声掛けしてますぅ。」
「客商売の癖に本っ当に失礼ですね。久しぶりにきた仕事なめてんですか。つーか僕をガン見しながら言わないでほしいんですけど。」
「うっせー。何が悲しくて祭りにあぶれた独り者のヤローを相手にコスプレなんて披露しなきゃなんねーんだよ。着てるか着てねーかわかんねーコスプレとも言えねー微妙な下着のねーちゃんたちをちょろっと見られるぐらいしか特典のない仕事の何が楽しいんだよ、コノヤロー!」

思わず頭を抱えて絶叫した。
頭に巻かれた包帯の端がひらひらと視界で揺れてうっとうしい。
ひらひら揺れるのは●●のミニスカートだけでよかったのに。
思わずそんな愚痴をこぼしたくなる俺は、ミイラ男のコスプレをさせられていた。
打ち砕かれたハロウィンへの未練で死にきれない俺には何とも皮肉な格好だ。

「もうちょっと銀ちゃんは頭に包帯巻いた方がいいアルな。」
「おい。銀さんの頭が怪我してるって言いてーのか。頭が可哀そうな人とか言いてーのか。」
「神楽ちゃんにあたるのはやめてくださいよ。どうせ今日一日●●さんは仕事なんでしょう?だったらおとなしく仕事しましょうよ。」

頭にボルトを刺したフランケンシュタイン姿の新八に宥められる。
上背もなければ迫力もないフランケンシュタインに呆れたような目を向けられると、ますます苛立ちが募った。

この仕事を拾ってきたのは新八だ。
計画がおじゃんになって抜け殻になっていた俺と、●●とのコスプレの約束が取り消しになりふてくされていた神楽を見かねて、とのことらしい。
仮装する若者で溢れかえっている大通りから離れた場所での仕事のため、神楽以外の魔女っ子を見ずに済む上に、神楽の希望通りコスプレはなんとか実行できるという利点はある。
しかし、童貞の塊みたいな新八にそこまで気遣われていると考えると何か納得がいかない。
確かに万事屋で来ない客をじっと待ち続ける時間を過ごしていてもむなしさばかりが蓄積されるのだろうが、どこもかしこも『ハロウィン』の文字が踊りまくり風俗通りの癖にどこかポップな雰囲気のこの状況とどちらがマシだったのか。
結局、どこにいても今日一日気分が上向くことはないのだろう。

「大体付き合ってもいない女のスケジュールをちまちま気にするっていうのが女々しいアル。●●は銀ちゃんと違って真っ当な社会人なんだから銀ちゃんの下心に一々付き合ってやれるほど暇じゃないことは明らかネ。」
「神楽ちゃん言いすぎだよ。そういう爪が甘いところとか、下心全開の癖に強引にいけないところが未だに銀さんが●●さんと何の進展もない所以なんだから。」
「なんなのお前ら。反抗期なの?俺を追いつめて楽しいの?ちったァ、フォローしてやろうとかそういう気遣いはないわけ?」
「テメーのケツはテメーで拭けヨ。計画立てるだけで満足してその後のフォローもロクにしないから自分の首を絞めることになったんダロ。」

新八と神楽の容赦のない言葉が胸に刺さる。
傷心の俺をどこまで抉れば気が済むんだ。
常々思っていたことだが、こいつらは俺が万事屋の社長っていうことを忘れているのではないだろうか。
給料はほとんど払ってないが。

「あーあーそーですよ!銀さんの計画がザルだったんですよ!笑えよコノヤロー!独りモンのおっさんたちに声掛けする楽しいハロウィンを満喫するおっさんの銀さんを笑えよ!」
「やっぱりふてくされてるネ。ただの駄々っ子ヨ。」
「もう何を言ってもだめだね。」

俺は全力で叫ぶとがっくりと肩を落とした。
『5000円ぽっきり!』という煽り文句の入った看板を背負い直して、二人に背を向ける。
繊細な男心を理解できないお子様たちから距離をとった。
ぽっきり折れてるのは俺の心の方だ。

「そんなにハロウィンしたきゃ仕事上がりの●●を迎えに行けばいいネ。●●はコスプレしてくれないだろうけど、銀ちゃんがコスプレしてお菓子強奪に行けばいいアル。」
「強奪って…。銀さんは●●さんのコスプレが見たいっていう下心しかないんだから、銀さんがコスプレしても仕方ないでしょ。」

俺は思わず足を止めた。
新八の失礼な言葉に反応したわけではない。
新八は後で締めておくが、気にすべきはそこではない。

「…おい、神楽。●●はいつ仕事上がるって言ってた?」
「今日はぎりぎりまで残業するから22時とか言ってたアル。銀ちゃん、●●を襲撃に行くアルか。」

神楽の言った言葉を心の中で反芻する。
確かに●●のコスプレは見たかった。
ミニスカートを見たかった。
ガーターベルトをすりすりしたかった。
しかし、俺の本来の目的はそこではない。

「新八、神楽。今日の仕事22時で切り上げるぞ。」
「…何が何でもハロウィンしたいんですね、銀さん…」

新八の呆れたような声は無視した。
俺は"ハロウィン"がしたいわけじゃない。
浮かれたイベントを利用して、●●との距離を縮めたいだけだ。
そこが一番重要なポイントなのだ。
本来の目的を思い出した俺は、ようやく今日の仕事に本腰を入れる気になれたのだった。

***

新たな計画はこうだ。
仕事上がりの●●を待ち伏せし、ミイラ男の姿で現れる。
驚く●●に向かって俺は「トリックオアトリート」と言い、菓子をねだる。
当然、仕事上がりの●●は菓子なんて持っているわけがない。
俺は困惑する●●の手を取り「なんも持ってねーの?じゃあ、イタズラだな。」と言って、●●をどこかの物陰にでも引っ張り込む。
そして、壁ドンでも股ドンでもなんでもいいからとにかく●●に接近して「イタズラしていい?」と甘く囁いてやる。
●●は顔を真っ赤にして俯く。
そこから後は当初の計画と同じ流れだ。

即席にしては完璧だ。
完璧な計画だろう。
●●の可愛いコスプレを見られないのは残念だが、いつもと違う雰囲気の俺を演出することはできる。
友人以上恋人未満の微妙な関係を崩すには十分のはずだ。
俺は思いついた新たな計画に胸を躍らせて、●●を待った。
コスプレ用の衣装は仕事の報酬と一緒にちゃっかり頂いておいてある。
幸いなことに、そこらをコスプレした若者が歩いているおかげで俺の恰好が浮くこともない。
鼻歌を歌って一人にやけていてもそういう夜なのだから、何も不審ではない。
今日は"ハロウィン"なのだから。

***

神楽の言っていた通り、●●は22時過ぎに職場から出てきた。
疲れた顔を隠すことなく現れた●●は、持っている荷物を引きずるようにトロトロと歩いていたが、俺の姿を見るなり大きく目を見開いた。

「銀ちゃん?どうしたの?こんな時間に。仕事?」
「おう。さっきまでな。」
「それ、ミイラ男のコスプレ?その格好でポン引きの仕事やってたの?」
「女の子がポン引きとか言うんじゃありません。」

そもそも、なぜ俺がポン引きやってたなんてわかったんだ。
俺はポン引きやってそうなミイラ男に見えるのか。
どんなミイラ男だ。

「今日ハロウィンだしね。そういうのって女の子がやるものだと思ってたけど裏方さんもそういう格好するんだね。」
「まあ、人目についてナンボだしな。」
「へぇ。そういう地道な営業があるんだねぇ。胡散臭さも3割増しだけど。」
「誰が浮かれたポン引きだコノヤロー。こういうイベント時の独りモンは繊細なんだからこっちもテンション上げないとやってらんねーんだよ。…ってそうじゃなくてだな。」

肌寒い秋の夜に、惚れた女と風俗の裏事情なんて語っている場合じゃない。
俺は一つ咳払いすると、本題に入った。

「トリックオアトリート。」
「へ?」
「今日はハロウィンだって言ったのお前じゃねーか。」
「あ、そうだった。うん。」

頷きながら●●はぽん、と手を叩いた。
とぼけた●●の態度とは対照的に、俺は密かに気合を入れ直す。
一つ深呼吸して、掌を差し出した。

「トリックオアトリート!」
「はい、どうぞ。」

●●は抱えていた紙袋を地面におろすと、中から飴を取り出し俺の手に乗せた。
カボチャのイラストがプリントされた飴玉が一つ。

「ハロウィン限定パンプキンキャンディだって。珍しい味だよね。」
「…。」

普通に飴が出てきた。
おかしい。
●●は普段から菓子を持ち歩くほど甘党ではない。
なのに、なぜこんなにスムーズに菓子が出てくるんだ。

「あ、それだけじゃ銀ちゃんは足りないでしょ?はい、これも。」

オレンジ色の袋で個包装されたマシュマロ。
これもカボチャの絵が踊っている。
………。
俺は、計画ががらがらと崩れていく音を再び聞いた気がした。

「あと、これはカボチャのプリンね。これは手作り。自信作だよ。」
「お、おう。」
「それとー、パンプキンパイでしょ。パンプキンドーナツでしょ。」
「うん。」
「カボチャのシュークリームに、カボチャのタルト。」
「はい。」
「カボチャ餡のお団子とー、お饅頭とー。」

どれだけ出てくるんだ。
呪文の如く繰り出される甘味の名前と共に、俺の両手に乗せられる菓子の山。
しかも全てカボチャ味だ。
もう呪いのように見えてくる。

「カボチャクッキーとーマフィンとーマカロンとーマドレーヌ。はい、どうぞ。」
「あ…ああそう、こんなにくれちゃうの…。」

なんだこれは。
両手に抱えなければ持てないほどの菓子の山に、俺はしばし呆然とした。

「あとで万事屋に持っていこうと思ってたんだけど、銀ちゃんが取りに来てくれて助かったわ。駕籠を拾うか悩んでたんだよね。」

俺の脳裏で、俺の立てた計画が跡形もなく地獄の業火に焼かれる絵が浮かんだ。
俺が●●に菓子をねだりに来ることなど、すでに想定済みだったらしい。
だとしたら、この大量の菓子の山はイタズラの拒否のサインなのか。
スカートぴらりとかガーターベルトすりすりとか一発アウトのサインか。

「あと、これは新八くんと神楽ちゃんの分ね。こっちは定春の犬用クッキー。」

●●はそう言うと、先ほど大量の菓子を取り出した紙袋と同じサイズの袋を3つ俺の足元に置いた。
暗がりのせいでよく見えなかったが、●●はぱんぱんに膨れ上がった4つもの紙袋を持っていたらしい。
…出勤時はどうやってこれを職場まで持ってきたんだろうか。

「神楽ちゃんとはコスプレの約束してたのにキャンセルしちゃったからね。今度謝りに行くね。」
「…お、おう。んなこと別に気にしなくてもいいって。」

もう気の利いた言葉なんて出てきやしなかった。
『神楽ちゃんへ』と書かれたメッセージカード付の紙袋と俺の両手にある菓子を見比べる。
…神楽用の菓子の方が多い気がした。
お詫び分が入っていたとしても、俺への菓子より絶対多い。
なんだろうか、この敗北感は。
俺は腕の中の大量の菓子のおかげでその場に膝をつくこともできず、盛大にため息を吐いた。

***

「あーあ。今年のハロウィンは仕事で終わっちゃったなー。」

●●は、ため息を吐きながら空を見上げている。
それは俺の台詞だ、という言葉は何とか飲み込むことができた。

あのまま菓子だけもらって引き下がることはできなかった俺は、夜も遅い時間だと理由を付けて●●を家まで送ることにした。
菓子とドッグフードで膨れ上がった紙袋のせいで俺の両手はふさがったままだ(両手に乗せられた菓子の山は再び紙袋に詰め直した。やっぱり神楽の菓子の方が多かった)。
こんな状態では、当然●●を物陰に連れ込んで壁ドンなど不可能だし、何より絵的に全く締まらない。
手に食い込む紙袋がそのまま俺の重い気分を表しているようだった。

「別にいいじゃねーか。ハロウィン過ぎてもそこらでコスプレイベントやってんだろ。年末とか。」
「それは全然違うイベントだと思うよ。」

テキトーな慰めの言葉を投げたら呆れたような返事を返された。

「同じようなモンだろ。コスプレして騒げりゃいいんだから。」
「まあ、最近じゃハロウィンもそういうイベントになりつつあるしね。」

苦笑する●●を見ながら俺もため息を吐く。
思わず遠い目で同意すると、●●は不思議そうな顔で首を傾げた。
俺の場合は、単に●●のコスプレが見たかったわけじゃない…いや、見たかったけど。
ちょっとした、"きっかけ"が欲しかっただけだ。
その"きっかけ"に、ハロウィンが打ってつけだったというだけ。
●●が残念がる理由とはまるで異なるのだが、それを今話したところで何も進展はないだろう。

「ハロウィンって、本来は収穫祭とか悪霊を追い出す行事だっけ。」
「よく知らねーけど。とりあえずそこらでカボチャがあふれる奴だろ。」
「いい加減だなあ。」

意外にも●●はハロウィンの本来の意味を正確に把握しているらしい。
もっとも、それが"正確な知識"かどうかなど俺には判断できないが。
イベント好きの女というものは、そこに含まれる意味なんて興味のないものだと思っていたのだが、●●は違うらしい。

「なんでカボチャか知ってる?」
「どーせ、この時期カボチャが美味いとかそんなんだろ。」
「まあ、当たらずとも遠からず…かな。カボチャの流通量が増えるっていう理由もあるみたいだし。でも、元々はカブだったみたいね。」
「カブ?」
「ジャックっていうグータラな男がいて、生前にロクなことしてなかったせいで死んだ後も天国にも地獄にも行けずにあちこちふらふらするのよ。カブで作ったランタンの灯りを頼りに。それがいつの間にかカボチャの灯りになったんだって。」

●●は、『グータラ』の部分をやたら強調し、俺を見て言った。
なんだ、その目は。
今日はちゃんと仕事したんですけど。

「カボチャの提灯ねェ…。油引きがめんどくさいんじゃねーの。」
「提灯って…情緒も何もないわね。」
「コスプレして騒ぐイベントの情緒ってなんだよ。」

そのコスプレを今まさにしている俺が言うのもなんだが。

「…まあ、そういうのを銀ちゃんに期待しても無駄だよね。」
「無駄ってなんだ。失礼な奴だな。」

情緒も色気もない会話を続けていると、あっという間に●●の自宅に到着した。
本当に何もないままハロウィンが終わってしまうようだ。
…まあ、こうして一日の終わりに●●の顔を見れただけでも十分なのかもしれない。
そう思い直した俺は、●●を玄関まで見送り自分を励ました。

「送ってくれてありがとう。」
「おう。お疲れさん。」

コスプレした格好で●●と一緒にいると未練ばかりが募る。
女々しい自分から目を逸らすためにも、俺はとっとと●●に背を向けた。
しかし、万事屋に向けて歩き出そうとした俺を●●が引き留める。
頭に巻かれた包帯の端を引っ張られた。
首がぐきりと鳴る。

「いってェ!何?何なの!?●●ちゃん!?」
「…。」
「…?どうした?」

●●は無言で俺の目を覗き込んだ。
真っ直ぐな眼差しにどきりと俺の胸が高鳴る。

「…銀ちゃん。」
「な、なに?」
「本っ当に情緒がないね。」
「あァ!?」
「これ、貰っとくね。」

●●は、そう言うと俺の抱えている紙袋の中からカボチャプリンを取り出した。

「…は?」

俺は●●の顔とプリンを交互に見る。
どういうことだ。
ハロウィンの"情緒"とプリンに何が関係あるんだ。

「え、それ、銀さんにくれたんじゃないの?」
「今から御飯作るの面倒だから今日の晩御飯はこれでいいかなーって思って。」
「いい加減すぎるだろ。ちゃんと飯くらい食えって。」
「明日は休みだからいいの。」

●●は肩を竦めながら言った。
カボチャプリンは唯一の●●の手作りスイーツだ。
しかも自信作と言っていなかったか?
なぜ、よりによってそれを取り上げるんだ。

「貴重な目印だから。」
「…?」
「…銀ちゃんって鈍いよね。」

挙句の果てに、●●は呆れたように付け加えてくる。
それはこっちの台詞だと、再び言いたくなる衝動に駆られた。

「何がだよ。」
「別にー?迷子にならないようにね、ジャックさん。」

●●はひらりと手を振ると家の中へ入っていった。
取り残された俺は、●●の言葉に首を傾げる。
…どういう意味だ?

***

「で、結局何もせずにすごすごと帰ってきたアルか。」
「だと思いました。」

大量の菓子を抱えて帰ってきた俺を出迎えたのは、神楽と新八の辛辣な言葉だった。

「うっせー!んなこと言う奴らにはこれやんねーぞ!全部銀さんが食っちゃうもんね!」

やけくそになりながら紙袋をどん、と机に置くと顔を輝かせた神楽が紙袋に食らいついた。

「●●から強奪したアルか!?」
「オメーらと定春の分だってよ。」
「定春の分まで…。●●さんに今度お礼を言わないといけませんね。」

嬉しそうに紙袋の中身をひっくり返す二人に、俺は苦笑するしかなかった。
結局こういう日常が、大きな変化のない一日が、俺にふさわしい"ハロウィン"なのかもしれない。
特別なものはなくても、こんなありふれたやり取りが一番俺の心を落ち着かせてくれる。
はしゃぐ二人の姿を眺めながら、しみじみと噛み締めた。

「あれ?銀ちゃんの紙袋はカボチャのお菓子しか入ってないアル。」
「本当だ。逆に僕たちの紙袋の方はカボチャのお菓子が一つも入ってないね。」
「…え?」

不思議そうな新八と神楽の声に、ぴたりと思考が止まった。
二人を押しのけ、机の上を確認する。
机の上に広げられた菓子の山。
『銀ちゃんへ』というメッセージカードがぶら下がる紙袋の中身は全てカボチャ味の菓子だ。
しかし、新八と神楽の分にはカボチャ味のものは一つもない。
定春のドッグフードは言わずもがな。

「銀ちゃんそんなにカボチャのお菓子が好きだったアルか?」
「そんなリクエストしてたんですか?」

二人の言葉は耳に届かなかった。
俺は●●とのやり取りを必死に思い出す。

俺にだけ渡されたカボチャの菓子。
カボチャの提灯で彷徨い歩くジャックの話。
俺の目を見ながら強調された"グータラなジャック"。
帰り際に奪われた手作りのカボチャプリン。
明日は休日の●●。
目印。
鈍い俺。

俺は原付の鍵を手に慌てて玄関に向かった。

「銀ちゃん、どこ行くネ。」
「俺の提灯取り返してくる。」
「は?」

頭上にクエスチョンマークを浮かべる二人に説明している余裕はなかった。
何が「銀ちゃんって鈍いよね」だ。
わかりにくすぎる。
なんでこんなにややこしいことをするんだ、あの女は!
俺は頭を掻き毟りたいような苛立ちを覚えた。
しかし、同時に緩む口元も抑えられない。

"きっかけ"なんて、なんでもよかった。
むしろ、そんなものに囚われていた自分が馬鹿馬鹿しい。
そして、こんな持って回った小細工をする●●はもっと馬鹿だ。
俺は原付に跨り、夜の街を走り抜けた。

コスプレもイタズラも必要ない。
俺には立派な大義名分が与えられた。
カボチャが作った目印が。
ひねくれ者がせっかく作ってくれた機会に乗らない手はないのだ。


すぐに回収に行かなくては。
地獄と天国のはざまにいる小悪魔の元へ。
カボチャはすべてグータラなジャックのものなのだから。


Twitterのボヤキから生まれた小話。
素敵な台詞を提供してもらったのに生かせないヘタレは私の方でした…。

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