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  いつか、きっと…


「なまえちゃんって全然笑わなくて怖い」

昔誰かにそんなことを言われたような気がする。
笑わないんじゃなくて笑えないんだよ。
だって面白くないんだもん。
それでもその時の私は独りになりたくなくて必死で笑えるように頑張ったんだ。

「おはよう!なまえちゃん!」
「おはよう!」

クラスメイトに挨拶されて笑顔で返事をする。
表情筋がここ数年でだいぶ鍛えられた。
にこにこしていればみんな話しかけてくれる。
その時はそれが良かったんだけど。
馬鹿らしい、今ではそんな事を思ってしまう。
あれほど独りが嫌だったのに今更そんな事を思うなんて。

「疲れる…」

授業をサボって屋上で一息つく。
運動場では楽しそうに体育の授業が行われている。

あんなに楽しそうにして疲れないのかしら。
そんな事を思いながら眺めていると、キィと音を立てて屋上の扉が開いた。

「なんだ、先客か」

振り向くとスリッパの色からして先輩と思われる綺麗な顔立ちの男の人が立っていた。

どうでもいいけど。

視線を元に戻すと男は私の隣まで来て購買で買ってきたであろうパックにストローを刺す。

「お前さん名前は?」
「…人に名前を聞く時は自分から名乗るものじゃないんですか」

いつものようにニッコリと笑って言えば彼は悪い悪い、なんて笑いながら自己紹介を始めた。

「俺はイゾウ、三年だ」
「なまえ。二年です」

名前を言えばイゾウ先輩はジッと私の方を見て眉を下げて笑った。

「そんな無理して笑わなくていいさ」

そんな事を言われるのは初めてだった。
しかも初対面の人に。
一気に全てを見透かされたような気がして息が詰まる

「…なんでわかるんですか」
「貼り付けたような顔なんざすぐにわかるだろう」

それはきっと貴方だけですよ、なんて思ったけど口には出さなかった。
私の勘だけど、多分笑ってそうか、と言いそうだから。

「俺の前では普通にしてな」
「…先輩とはもう会いませんよ」

今日たまたま会っただけでしょ。
なんだか馴れ馴れしいな、この人
じわじわと私の中に入ってくる感じが苦手意識を強くさせる。

「ククッ、まァそう言うなよ。明日も来るんだろ?」
「…ッ、」
「また明日、な。なまえ」

クツクツと笑いながら私の頭をポンポンと撫でて校舎に入って行った。

なんなのよあの人は。

男の人にあんな風にされたのは初めてで火照った顔の熱を冷ますように手で風を送った。

「また明日、か…」

ポツリと呟いた言葉はチャイムの音にかき消され、なんだか気分が良い私は授業に出る気にはなれなくてそのままもう一時間サボってしまった。



次の日も昨日と同じように屋上へ足を運ぶ。
ゆっくりとドアを開けると案の定といったところかイゾウ先輩がいた。

「よォ」
「どーも…」
「来てくれたんだな」
「別に先輩のためとかじゃありません」

約束紛いな事をして行かないのは気が引けて来てみたけど、先輩に会いに来たなんて思われたくなくて顔を逸らす。

「ククッ、とりあえず座りな」

イゾウ先輩は自分が座っている隣を叩いて座るように促す。
大人しくそれに従い先輩の隣に腰を下ろした。

「ほら」
「…なんですか、これ」

渡されたのは購買で私がいつも買うコーヒー。

「見てわからねェのか?」
「いや、そういう事ではなくて…」
「好きだろ?コーヒー」

好きだけど…なんで知ってるのよ。

考えても仕方ないのでお礼を言ってそれを受け取る。
元々苦いのは飲めないけどこれは丁度良い甘さだから飲みやすい。

「…先輩受験生ですよね?授業出なくていいんですか?」

そろそろ本腰を入れないといけない時期なんじゃないだろうか、と疑問に思った事をぶつける。

「授業なんざ出なくても受かるから気にすんな」
「大した自信ですね」
「学年トップなめんなよ?」

思わぬ返事に勢い良くコーヒーを口から吐き出してしまった。

「…そうは見えませんね」
「ククッ、だろうな。テスト前とかわからねェとこあったら教えてやるから言いな」

自分でも自覚あったんだ。
なんかますますこの人がわからないなぁ。
一言で言えば変な人
それでも少しだけ面白いなんて思ったりする。

他愛のない話をしていると時間はあっという間に流れていきチャイムの音が響き渡る。

「さて、戻るか」
「…はい」
「また明日な」

イゾウ先輩はポンポンと私の頭を撫で屋上を後にする。

次の日もその次の日もいつもの時間、屋上に行くとイゾウ先輩はコーヒーを買って私を待っていた。
チャイムが鳴ると必ず頭を撫でて校舎に戻る。
先輩の行動に未だに慣れない私は終始心臓が張り裂けそうなくらい脈を打つ。

数日たったある日、いつものように屋上へ行く。
一つ違うのは私の手には小さな袋でラッピングされたマドレーヌが握られていること。

別にただのお礼だし。
いつもコーヒーもらってるから、ただそれだけ。
他意なんてなにもない。

そう自分に言い聞かせながら扉を開ける。

「なまえこっち」
「…どうも」

いつもと同じように隣へ座り手渡されるコーヒー。
いざ先輩を前にするとなかなか思い通りにはいかなくて、渡すことは疎かありがとうすらも言えないでいる。

「どうした?」
「あ、あの…」

私の様子がおかしくてイゾウ先輩は不思議そうに私を見る。
意を決して持ってきたマドレーヌをイゾウ先輩に押し付ける。

「コ、コーヒー!お礼です!」

私の性格的にこんな形で渡すのが精一杯で、イゾウ先輩は分かってくれていたのか笑いながら受け取ってくれた。

「食っていいか?」
「味には、自信ないですけど…」
「…手作り、か?」

恥ずかしさと緊張でいっぱいな私は小さく頷くしか出来なくて、それでもイゾウ先輩の嬉しそうな雰囲気が伝わってきて嬉しさも加わり胸がドキドキする。

「…ど、どうですか?」
「ん、うめェな」
「良かったぁ」

美味しそうに食べてくれるイゾウ先輩を見てホッとしたと同時に顔が綻ぶ。

良かった、喜んでもらえて。

「なんだ、普通に笑えるじゃねェか」
「ッ、別に笑ってません」
「ククッ、それも作りもんの笑顔かい?」

素直じゃない私は否定することしか言えなくて。
喜んでくれて嬉しかったから、なんて言葉はどうしても出てこなかった。

「やっぱりなまえは笑った顔の方が可愛いな」

優しい笑顔を私に向けてそう言ったイゾウ先輩にドクンと心臓が跳ね上がる。
どうしてこの人は素直にそんな事が言えるのか不思議でたまらない。

「や、やっぱりってどういう意味ですかっ」

恥ずかしさから逃れるように話題を逸らす。

「ずっと見てたからな」

が、イゾウ先輩の言葉にますます顔に熱が集中してしまう。

「ずっと?」
「あぁ、河川敷で捨て犬の世話してた時期があっただろう?」

それは、確か半年前くらいの事だったと思う。
毎日のように通ってたっけ。
いつの間にか居なくなってたから誰かに拾ってもらえたんだと思う。

「あの時のなまえの笑った顔が離れなくてな」

見られてたんだ…。
誰も居ないと思って油断してた。

「学校で見かける時は常にコーヒー飲んでたしな」
「あ…それでコーヒー?」
「あぁ」

だからあの時、好きだろって言ったのか。

納得、でもそんなに前から見られていたなんて思ったら冷め始めていた恥ずかしさが再び込み上げてくる。

「ス、ストーカーみたいっ」

可愛げのない言葉を投げつければ先輩はつけてたわけじゃないさ。と笑った。

「俺としてはもっとお前さんの笑顔が見たいんだが…そうだな、まずは友達として仲良くならねェか?」

そんな言い方、まるで付き合う事を前提にと言われているようだ。
そりゃ先輩といれば素でいられるし、楽しいと思う。
変な人だけど悪い人ではないし。
少し考えて、たまには素直になっても悪くないかという結論に至った。

「別に、先輩が友達になりたいなら…いいですよ」

私なりの精一杯の言い方だ。
それを分かってか私の頭を撫でながらありがとうと笑うイゾウ先輩。

よく笑う人だな。

先輩の隣にいれば私も自然と笑えるような気がする。
心のどこかでそうなればいいなぁ、って。


いつか、きっと…
「じゃ、また明日な」
「はい」



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