君が幸せであるために
「はぁぁーーー」
ある午後の屋上で盛大にため息を漏らすなまえは何か聞いてほしそうにチラチラと俺を見ては大きなため息をつく。
「…なんかあったのか?」
俺がそう尋ねると待ってましたと言わんばかりに表情が一変し、実はね!と話し始めた。
「明日あたし誕生日なんだよねぇ」
「…へぇ」
「でもさ、明日休みじゃん?ってことはさ…」
しゅん、としたような顔をして遠くを見つめるなまえを見て、あぁ、なるほど。と思った。
なまえの事をずっと見てきた俺にしたらなまえが何を考えているのか、誰を想っているのかなんてすぐわかる。
どれだけ見てきたと思ってんだ。
俺はズズッと持っていた飲み物を飲み干しスッと立ち上がった。
「そんな辛気臭ェ顔しなくても帰りまでには何かいいことがあんじゃね?」
そうかなー、と言うなまえの頭をぐしゃぐしゃと撫で、戻るわ。と屋上を後にした。
まだ昼休みが終わるには少し時間がある。
俺は教室には戻らずに一直線にあいつの元に向かった。
◇◇◇
サッチは良い事があるって言ったけど一体何があるというのか。
明日は休み。イコール誕生日には会えない。
せめて明日が平日で一言おめでとう。と言われたら嬉しくて授業も真面目に受けるのだけど生憎明日は休日で、しかもあの人は私の誕生日なんて知らない。
報われないよねぇ、なんてどこか他人事のように考えた。
当然、授業の内容なんて全く入ってこなくて午後の授業はぼーっと外を眺めて過ごした。
放課後、誰もいなくなった教室で何をする訳もなく外で活動中の運動部を眺めていた。
「やっぱ何にもないじゃん、サッチの嘘つき」
あほ、ボケ、カス、フランスパン、と暴言を吐き終え、帰るか。と誰に言うわけでもなくカバンを手に取った時、ガラガラと教室のドアが開いた。
「え…」
「まだ残っていたのか」
そこにはいつも通りどこか気だるそうにしているベン先生が立っていた。
「もう帰ります!」
「暗くなる前に気をつけて帰れよ」
素っ気ない言い方のくせに、その中に優しさが見えるから胸の奥がキュンとする。
会えただけでも十分。そう思わないと。と自分に言い聞かし教室を出ようと足を進めた。
「あーそういえば明日誕生日なんだってな」
「へ?!あ、は、はい!」
「一日早いが…おめでとう。いい誕生日を過ごせよ」
じゃあな、と手を振り踵を返したベン先生の背中をぼーっと見つめた。
「…えぇ?!うそ!」
先生の姿が見えなくなって漸く理解した。
嬉しすぎて涙が出そうだ。
なんで、とかどうして、とかわからないけど、おめでとうと言ってくれたのは事実で、私はまだ残っているであろうサッチの元に駆け出した。
◇◇◇
放課後、いつもの場所で自販機で買った缶ジュースを片手になまえの事を考える。
俺ってなんでこんなに優しいんだろうな。
こんなにも好きなのに、な。
はぁ、と小さく息を吐くと、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「サッチ!」
「どうしたんだってんだよ。そんな走って」
「あ、あの、あのね!」
とりあえず落ち着け、となまえが息を整えるのを待つ。
「あのね!ベン、先生がね!お、おめでとうって!あたし…っ!あぁ!どうしよう!!」
頬を赤らめすげぇ嬉しそうに話すなまえ。
あぁ、俺はなまえのこの顔が見れたらいいのかもしれねぇ。
「よかったな」
「うん!あたしちょー幸せ!」
帰宅途中、何十回と同じ話を幸せそうに繰り返すなまえに俺まで幸せな気分になってきた。
なまえが幸せなら俺のしたことは間違いじゃなかったんだな。
「…俺も好きなんだけどなぁ」
「ん?なんか言った?」
「なんでもねーよ!」
俺の想いは届かねェけどなまえのそばで幸せそうに笑うなまえを見れたら、俺はそれで満足だ。