▼ わんにゃんの日
この学園は校舎のつくりが特殊で、中庭がふたつある。東側の第一中庭と、西側の第二中庭だ。その第二中庭は、昼頃から日が差し始めるために午前中はどことなく薄気味悪いが、午後には一変して昼寝に最適な気持ちの良い場所となる。
俺は入学当初、学園の敷地が広すぎて迷いに迷って行き着いたのがこの中庭だった。それ以来サボるときはここに来る。
しかし数ヶ月たった頃、この第二中庭は学園一の不良の縄張りだと友人に言われた。その時は驚いたが、思い返してみても数ヶ月間そこに通っている俺は未だにその不良に会ったことがない。と言うより、中庭で人に会ったことがなかった。なので、友人の忠告を受け流し、今でも中庭に通っている。
今日は午前中からずっと晴れていて、今日ほど中庭で昼寝したら気持ちが良い日はないだろうと思うほど、爽やかな陽気だった。
実際、中庭に出てみるとそこは清々しい空間になっていた。
日が出ているとはいえ、11月になり気温が低い今日この頃、少しでもあたたかい場所はないかと首を巡らすと、ちょうどベンチ周辺に日が差していた。
さっそくそのベンチに座り、昼食用に買ったパンの包みを開け、ぱくり。うん、ふつうにおいしい。
本当に人気がないなと、もぐもぐと口を動かしながら辺りを見回していると、ひょこり、薄茶色の仔犬が草むらから出てきた。
「おお、かわいい」
その仔犬をじっと見ていると、こちらに気づいたのかしばらく見つめ返されたあと、出てきた草むらに引っ込んでしまった。
「んー、残念」
触ってみたかったのに。
でももしかしたらまだいるかもしれないと思い、仔犬が消えた草むらの向こうを覗くと日向で2、3匹の猫が丸くなって寝ているのが見えた。
もっとよく見ようと草をかき分け、たどり着いてから気づいた。
人がいる。
そいつはこちらに背を向けるように寝ていたので顔は見えなかったが、すぐに友人の言っていた不良のことが浮かんだ。
学園でいちばん強くて、誰ともつるまない一匹狼。らしい。
……確か名前は、
「……広瀬…」
無意識のうちに声に出ていた。
「ん…」
それが聞こえたのか、広瀬が寝返りをうった。
そして寝返りをうったことによってよく見えるようになった広瀬の顔。初めて見るその容貌に、俺は釘付けになった。
目は閉じられているのでわからないが、形の良い眉とすっと通った鼻、厚くも薄くもない唇。まさに眉目秀麗だった。
不躾だとは思ったが、目が離せなかった。
「……ん」
風が広瀬の頬を撫でたとき、広瀬の目がうっすらと開いた。焦点の合わない目がゆっくりと俺を捉えて。
ばちり、目が合った。
色素の薄い瞳が俺を見つめる。
もしかしたら もともと色素が薄いのだろうか。どちらかというと茶色い髪は、瞳と同じ色だ。
「…おい、いつまで見てやがる」
ああ、美形は声もかっこ良いんだな。
明らかに不快を滲ませた声は、しかし心地よい音程だった。
「ちッ…てめえ…」
痺れを切らした広瀬が立ち上がり、こちらに向かってくる。
殴られるだろうか。いや、そんなことよりも。
「いい加減に、」
しろ、と続くはずのことばを胸ぐらを掴んで引き寄せ、無理矢理遮る。
間近にある広瀬の目が見開かれた。
反応がないのをいいことに、相手の唇を堪能した。
最後にリップ音を鳴らして広瀬から離れ、再び目を合わせると途端に広瀬の顔が朱に染まった。
「な、おま…なにを、」
「悪いな、一目惚れだ」
fin.
ちゃっかり肉食系男子な攻め。
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