▼ 食事
団長が帰ってくるまでに落ち着かねば、と思うものの、恥ずかしさが引く気配はない。
団長、36歳って言ってたよな。俺のことは背伸びしてる子どもくらいの認識なんだろうな。
それにしても、年齢のわりに小さいと思われてるのは分かってるけど、中身まで幼いと思われるのは心外だ……いや、自業自得なんだけど。
「はぁ……」
「どうした?」
「ッ!?」
突然、近くで声がした。
驚いて顔を上げると団長が隣に立ってこちらを窺っていた。
「い、いえ……なんでもないです」
「そうか?」
待たせたな。そう言って、団長はワゴンを引いてきた。
なんか、料理が大量に盛られた皿があるんだけど……え、これ何人分?
「どうした? 苦手なものでも見つけたか?」
困惑のあまりワゴンを凝視していたら、団長にそう声をかけられた。
「いや、多いなと思って……これ、もしかして俺の分、ですか?」
「そうだが」
……いやいや、多いだろ。騎士って肉体労働だし、たくさん食べるってことか……? だとすると俺の普通とはかけ離れてるんだけど……。
「……アメリカンサイズってやつかな」
「あめり?」
「いえ、なんでも……」
団長がワゴンからテーブルに移す大皿の上には彩りの良い野菜が盛られている。
チキンステーキみたいなのも乗ってるけど、皿を占める野菜と肉の割合が7:3くらい、か? 異様に野菜が多く見えるが、野菜だから意外といけそうな気もする。
「好きなものを好きなだけ食べるといい」
小皿とフォーク、ナイフが手渡された。
そう言われても、どれから食べようか。野菜も肉も、見た感じ変なものはなさそうだ。やっぱり、食べ物が日本と違うということはそんなにないらしい。見た目と味が違う、という可能性もあるが、これは食べてみるしかないよな……。
ナイフで肉を半分切り分けて皿に取り、その隣に野菜を取った。
「いただきます」
ん。お、大丈夫だ。ふつうに野菜の味。
「少し皿を寄せてくれるか」
「あ、はい、……は?」
フォークに刺した野菜が落ちた。団長が先ほどと同じ皿をもう一つ、ワゴンから出したのだ。
うそだろ、これ2人分じゃないの!?
日本だと2人で分けて十分、みたいな量が1人分くらいってことか?
そりゃでかい人間ばかりになるのも納得だ。これだけ食べてりゃ成長もするよな……。
騎士団だからこんなに多いのか、それともこの世界の標準がこんなものなのか。もし後者だとすると、俺が少食扱いされるのも当然だ。
皿に残っていた野菜をかき集め、口に運ぶ。
あのあと追加で取った分もなんとか完食したが、そろそろ腹が限界だった。
「ぅぷ……団長、すみません……」
案の定すべてを食べ切ることはできず、1/3ほどが残ってしまった。
ヘルプを出すと、残っていた料理は団長の腹にあっという間に消えた。
ていうかいつの間に自分の分を食べ終わったんだよ……。
「あれで満足したのか? それともまだ体調が悪いか?」
団長からすると、やはり少食に見られてしまうのだろう。俺の気のせいでなければ、心配そうな声音に聞こえる。
俺の世界と食べ物はほぼ同じだったけど、食べる量が圧倒的に違う。これからはちゃんと、そんなに食べられませんって言わないといけないな。
「体調は、はい、大丈夫です……ただ、」
「ただ?」
問われてあくびを噛み殺した。
腹が満たされたら眠くなるってガキか。子供扱いはされたくないけど、絶対思われる案件だぞこれ……いやでも午後の授業とかめちゃくちゃ眠くなるじゃん? まさにあれ。
「眠気が……」
「……そうか」
「はい……それと、食事のことなんですけど」
「どうした、やはり食べられないものでもあったか?」
「いえ、食文化は俺の世界とほとんど変わらなかったんですけど……量はもっと少なくて大丈夫です」
さっきの食事の量からすると、半分くらいで十分だと思う。
「そうか」
「はい、なので体調が悪いんじゃなくて、いつもこれくらいの量なんです」
俺がそういうと、団長はふむ、と顎に手を当てた。
「小皿に取っていたくらいが、か?」
「小皿……。そう、ですね」
あの皿が小皿に分類されるか疑問だが、空腹時に腹におさめた量が少ないと取られるのならば少食になるのだろうな。
「わかった。厨房には伝えておこう」
「ありがとうございます」
「他に何か言っておきたいことはあるか? なければ、そろそろ休むといい。眠いのだろう」
「特に、ありません」
眠くてあまり頭が働かないけど、思い当たるものはない。
「ならば移動するぞ。ここは人の出入りもある場所だ。落ち着いては休めまい」
そう言うなり立ち上がった団長を追うように俺も立った。
扉続きになっている部屋を2つ抜けて、ソファとテーブルがある部屋に案内された。奥にはベッドも見える。
「今日はここで休め。室内の物は自由に使って構わない」
「はい」
お言葉に甘えて、制服のジャケットを脱いだ。
「……と、そうだ」
団長が俺を見て何かに気づいたように口を開いた。
「それは異世界の服だろう。騎士団の予備のものを貸し出す。持ってくるから少し待て」
そう言って団長は部屋を出て行った。俺はとりあえずと、脱いだジャケットをソファの背に掛けた。
ここは団長の執務室の奥の部屋だから、もしかしなくても団長の自室、だよな。
ちらりとソファを見やる。シンプルながらも部屋に合ったソファに汚れた服のまま座るのは、躊躇われた。
だって、見るからに高価そうだし……。ああ、でもふかふかに見えるから、ここでも寝られるかもしれない。
そんなことを考えてたら団長が戻ってきた。
「用意できるもので一番小さい服を持ってきたが、」
合うだろうか、と手渡されたのはワンサイズ大きく見える服だった。
「たぶん、これでも少し大きいです……」
出会った人みんなが大きかったこの騎士団だ、俺に合うサイズの服はない気がする。
「……そうか。ならば、追って貴様に合う服を誂えるとしよう。サイズが合わんのは悪いが、今夜はこれを着てくれ」
明日はまた別の服を用意する、とのことだけど……つまりこれはパジャマか。
「わかりました」
着られないわけじゃないし、いい加減制服も脱ぎたかったし、まあいいか。
受け取った服を汚さないように上着と離して置いて、しゅるりとネクタイを解く。ワイシャツの第2ボタンまではずしたところで、ああ、と団長がこちらを向いて入ってきた扉を指差した。
「隣に浴室があるから入ってこい。備品は好きに使っていい」
「はい」
「入浴が済めばこの部屋で休んでいろ。私は仕事に戻るが、先程の部屋にいる。何かあれば遠慮なく言いに来るといい」
そう言って、団長は部屋を出て行った。
……正直、昨日の部屋は汚かったから風呂に入れるのはありがたい。どんな風呂だろう。やっぱり日本人としては気になるところだよな。
少しうきうきしながら浴室へ続くドアを開けた。
「ん? お、おぉ……!」
仕切りがあってすぐに一望できなかったが、思ったより広い。バスタブも足を伸ばしても余裕そう。
しかも、もうお湯が張ってある。
はあ……ここが楽園か。
俺は急いで着替えを取りに戻り、棚にあったタオルを用意した。
意気揚々と服を脱いでシャワーへと向かう。
昨日は風呂に入れなかったから、とにかく汚れを落としたい。
そう思ってバスタブ手前にあるシャワー台のところに一直線に向かったが、シャワーの出し方が分からない。シャワーノズルの横には、台座の上に石が乗ってあるのみだ。
んんん? これがスイッチ、なのか?
触れてみるがやはり石で、ボタンではなさそうだ。室内を見回してみるが他にそれっぽいものはないし、多分これ、だよな……どうすればお湯出るんだろう。
叩いたり撫でたりしてみたが湯が出ることはなく。ただ一回、手をかざしたときに一瞬光ったような気がした。
「うーん……これは団長に聞くしかない、な」
せっかく風呂に入れると思ったのに出鼻を挫かれた。
団長に聞きに行くか。遠慮なく言いに来いって言ってたし、大丈夫だろう。それにしても、昨日の今日でここまで甘えられるようになるとは思ってなかったな。
ふと、シャワー台に備え付けられた鏡に映った自分の顔に違和感を覚えた。
「え、」
気のせい、じゃない。瞳の色が変わっている。元々色素が薄くて髪も目も茶色だったが、今は瞳が緑色だ。
「なにこれ…なんでだ!?」
他……は特に何もない、よな……うん、目だけだ。
「しかもこれ、緑より暗いよな……深緑……?」
深い色だから最初に鏡を見た時に気がつかなかったのかもしれない。
色が変わったのはこっちに来たことが影響してるのだろうか。
──あの召喚の魔法に何か仕組まれていた? でも、何のために?
団長に聞けば分かるだろうか。こっちに来てすぐ団長には出会ってるから、その時から色が違うなら、きっと召喚のせいだろうな。
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