突然ですが異世界に連れてこられました | ナノ


▼ 団長

 来た道を戻る。
 謁見前は見る余裕もなかったが、さすが城と言うべきか、廊下も立派なものだ。磨き上げられた床に、透き通った窓ガラス。
 それだけに、俺の与えられた部屋が際立っている。相当な厄介者扱いだな。
「どこに向かっているんだ?」
 もう結構歩いた気がする。
「私の所属する騎士団だ」
「……騎士団、ね」
 それは、何から何を守っているのだろうか。王の間にもたくさんの武装兵がいたが、全員が王の護衛ってわけでもないだろう。
 そういえば、俺はまだこの世界のことを何一つ知らない。
 光属性に魔導師、王様まで出てきて、ゲームみたいだ。
「ああ、それについても、着いてから詳しく話そう」
 着いてからとは言われたものの、まだ着かないのかという気持ちが大きい。
 広すぎるだろ、この城。それともこれが普通なのか?
「まだ、歩くのか」
「もう少しだ。何だ、疲れたのか? 脆弱なことだ」
「うるせぇ。歩いてるだけでそんなに疲れるかよ。……精神的な、ものは、あるけどな」
「……そうか」
 それから中庭を通って、ひとつの建物の前に着いた。
「ここは?」
「我らの宿舎だ。団ごとに分かれているから覚えておけ」
 そう言うと騎士はそのまま中に入って行った。慌ててその跡を追う。
 中には騎士と同じような格好をした男が何人かいた。その中の一人が俺の前を歩く騎士に声をかける。
「あ、団長。戻ったんすね」
「ああ。執務室にいるから、何かあったら来い」
「その小さいのは? 誰っすか?」
「あとで説明する。仕事に戻れ」
「はーい」
 短いやり取りの後、男たちは散って行く。
 団長、ね。この騎士が。
 冷たい奴だと思っていたが、軽い会話をしているところを見るに、騎士団のメンバーには慕われているようだ。
 ……思っているよりは、良い奴なのかもしれない。
 騎士、改め団長は、部屋に着くと俺を応接間に通して備え付けのソファに座るよう指示した。
 俺が座ったのを確認すると、団長も向かいのソファに座った。
「さて、まずは自己紹介をしようか。私はレイモンド・アーサー・サリヴァン。この騎士団の団長で、地位は伯爵だ」
 そう言うと、奴は意味深に微笑んだ。
「私のことはサリヴァン伯爵、もしくはサリヴァン団長と呼べ」
 伯爵という地位ゆえか、団長という役職ゆえか、人に命令することに慣れているみたいだ。
「この城で生きるお前に、一つ助言をしてやろう。私のようにミドルネームを持つ者は、貴族の当主、またはその経験者だ。軽率な態度は取らないことだ」
 と、いうことは。こいつは貴族の当主様か……これは遠回しに逆らうなってことだろう。
 つか、当主? どう見たってまだ30手前じゃないか……?
 思わずまじまじと見てしまったが、団長は気にしてないのか、話を続けた。
「ここ第2騎士団は、王都の治安維持や王都周辺の魔物の退治が主な仕事だ」
「……魔物?」
 何だ、それ。マジでゲームみたいだ。
「そうだ。貴様のいた世界には魔物はいなかったのか。魔物はその名の通り、魔の力を持つ生き物のことだ。人を襲ったり、農村部では作物を荒らしたりする。だから退治する必要がある」
 ふむ、害獣のようなものが力を持っているって認識でよさそうだな。
「その魔物を倒すには魔力が必要だ。魔力がなくとも傷を与えることはできるが、致命傷にはならない。魔物の魔力の源となる核を壊せないからな」
 さも当然のように語られるそれに、俺の脳は全く追いついてない。
 魔力ってつまり、魔法を使うってとこだよな…。
「この世に生を受ける者には、大なり小なり魔力が宿る」
 ……この世に、か。
「俺は? 違う世界から来た俺はどうなんだ?」
 一緒に連れて来られたユキは光属性だとか言われていたから、きっと魔力があるんだろう。
「それに答える前に、口調を改めろ。貴様はこれからこの騎士団に所属する。団長である私に、ぞんざいな口をきくのはやめろ」
「あー……すみませんでした」
 それもそうだ。今後世話になる相手に無礼を働くなんて。せっかく居場所をもらえるかもしれないのに。
 口調を改めて問うと、団長はひとつ頷いて口を開いた。
「風の魔力の気配はあるようなのだが、どうもはっきりと読み取れん。気持ち悪い」
「気持ち悪いって……」
 なんか一気に脱力した。
「異世界人だから勝手が違うのかもしれんな。まあ追々わかっていけばいいだろう。すぐに魔力を使って何かしろとは言わん。……さて、他の説明をするにせよ、仕事の内容を話すにせよ、先に貴様の名を教えろ。名も知らん者と仕事なぞできん」
 そういえば、団長の名前は聞いたけど、俺の名前を言ってなかったっけ。
「翔、です。青海翔」
「オーミ・ショウ……ショウが名か?」
「はい」
「ふむ。それと、気になっていたのだが…貴様、歳は?」
「17、ですけど……」
 そう答えると、団長は目を丸くして俺を上から下まで見た。
「17? それにしては薄っぺらい身体だな」
 えっ。
「育ち盛りだろう、飯はちゃんと食っているのか」
 あっちでは標準体重だったのに薄っぺらいとは何だ。
 むっとして言い返そうと口を開く。
「食べて――」
 ます、と続けようとしたところで、昨日から何も口にしていないことに気がついた。
 気を張り詰めていたせいで忘れていたが、そういえば腹が減っている。
「昨日から、何も食べていません」
「……ああ、そうか。少し待っていろ。食事を持って来させる」
 そう言って団長は出て行った。部屋には俺1人だけ。
 張り詰めていたものを吐き出すように息を吐きながら、ソファに背を預ける。
 ……俺はこれから、どんな生活を送ることになるんだろう。
 先ほど窓から見えた太陽は、まだ天辺に登り切っていなかった。
 こっちに連れてこられてから、まだ1日も経っていないのか。色々あったせいで、なんだかずっといるような気がする。
 天を仰いで天井を見つめる。目を瞑って再度息を吐き出したところで、腹が盛大に鳴った。
「うわ」
 誰もいなくてよかった。すげぇ恥ずかしい。
 俺が1人で羞恥に悶えていると、扉が開いた。
「ほぼ1日食べていないと、急に食事するのも悪影響かもしれん。スープなどの食べやすい食事を作るよう伝えてきた。そのうち届くだろう」
 そう言いながら、団長が戻ってきた。
「ありがとうございます」
 そこまで気にかけなくても大丈夫なのに……。
 昨日とは真逆の扱いに困惑してしまう。
「さて、どこまで話したか……ああ、魔力についてだったな」
 そう言うと団長は、部屋に備え付けてある本棚から厚い本を取り出した。
「この世界には四大元素があり、それに基づいて火、水、土、風がある。何と親和性が高いかによって使える属性が変わる」
「四大元素……あれ? ユキ……神子は召喚された時に光属性って言われていましたけど、それはないんですか?」
 ユキの属性は……存在しない属性だから、神子なのか?
「それについてはあとで説明する。先に四大元素の話をしたほうが分かりやすいだろう。ちなみに、私は火の属性を持っている」
 団長はそう言うと書物を広げた。
 そこには火山や大地、森、海などが描かれており、空では青空と暗雲がせめぎ合っていた。
「風は土に強く、土は水に強い。また水は火に強く、火は風に強い」
 そう言いながら、団長は絵の中の砂漠や火山を指でなぞっていく。
「これは初等部の学生が最初に習うこの世の理だ」
「初等部……」
 そうか、俺はそんなことも知らないのか。
 ……昨日ここに来たばかりだから、わからないのも当然なのだけれど。
「どれほど無知か理解したようだな。知識をつけろ。働けなければ、城に居場所はないぞ」
 厳しいことだと思う。勝手に連れて来たくせに、とも思うが、こうして居場所を与えてくれるのは、幸いと言うしかない。
「お前にはまず、この世界や国の常識について知ってもらう。しばらく副団長に付け、彼なら詳細に教えてくれだろう。それに事務作業なら力が使えなくても仕事があるからな」
「えっ」
 団長が教えてくれるんじゃないのか。
 表情に出ていたようで、団長が口を開いた。
「私に付いても実地だけで、碌に知識はつかないぞ」
「そう、ですか…」
 副団長、か。どんな人だろう。団長と同じく貴族なのだろうか。
 今この世界で、俺が落ち着いて会話ができるようになったのは団長だけだ。副団長は、異世界人の俺を受け入れてくれるだろうか――。
 巡る思考を遮るように、ノックの音が響いた。
「話を遮ってごめんよ、スープを運んで来たんだけど」
「ご苦労、ジェフリー」
 入って来たのは、本当に騎士かと思うほどの、随分と目元の優しい男だった。
「紹介しよう、ジェフリー・ヒューゴ・マーティン副団長だ。先にも言ったが、お前には暫くこの男のもとで働いてもらう」
「は、」
 男、もとい副団長が思わずと言ったように声を漏らした。持っていた皿がカチャリと鳴る。
「なんだって? 話がよく分からないんだけど」
 困惑がにじみ出た声で副団長が言った。
「この男は神子様の召喚でともに来たショウ・オーミだ。第2騎士団で働くことになった。貴様がしばらく面倒を見ろ」
「いろいろ聞きたいことが多すぎるんだけど……とりあえず」
 すっと皿を目の前に置かれた。彩りのよい野菜がたっぷりと入っている。
「よろしく、ショウくん。スープ食べなよ」
「ありがとうございます、いただきます」
 スプーンを手に取り、ひとすくい。
「おいしい……」
 シャキシャキとした野菜の食感とコンソメの風味がふわりと口の中に広がった。
 異世界だし食文化が違ったらどうしようかと思ったけど、元の世界と同じような感じだ。しかもおいしい。
 空腹なのもあり、手を止めることなく、次々とスプーンを口に運ぶ。
 ものの数分で、皿の中身は空になった。
「よかった。おかわりはいらない?」
「はい、大丈夫です」
 気にかけてくれるし、いい人みたいだ。が、名前からするに貴族の当主だ。逆らってはいけない人物、だな。
「で、レイモンド。この子はどうすればいいのかな?」
「行き場がないから引き取ることにしたが、この世界のことを何も知らん。貴様が教師をしつつ、好きに使え」
 おお、見事な丸投げだ。
「そう……うん、わかった。人手が欲しかったからちょうどいいや」
 ちらりと副団長を見るとこちらをじっと見つめていた。
 まあ貴族っていっても団長よりも優しそうだから、副団長が教えてくれるならそのほうがいいかな。
「よろしくお願いします」
 軽く頭を下げると副団長はにこりと笑った。
「こちらこそ。僕は騎士団内部の仕事をしているんだ。運営面だね。神子様召喚の話は僕も聞いているよ。いきなり知らないところで働くのは大変だと思うけど、精一杯サポートするからね」
「ありがとうございます」
 召喚の話を知っているのは、貴族だからか、噂でも広まったのか。
 だた、厄介者扱いはされないで済むらしい。
 それだけで、安心した。

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