溺れてしまいそうな夕日の赤が誰も居ない放課後の教室に燦々と降り注いでいる。その夕日を後頭部に感じながら何が起きたのか分からない数秒が過ぎて、分かったのは唇にのこった痛みと鉄の味だけだった。手首を取られたまま動けない。息が上手くできない。目の前で悲しそうに伏せられた一瞬の瞳の中に途轍もなく大きな憂鬱が潜んでいるような、見え隠れしているような気がして。いつもなら触ることも許さないはずの手のひらが離さないと誓ったようにわたしの手首を掴むから、その手を解いてもらうことも出来ずにいた。伏せられたあかい眼、隠された瞳の底辺、酷く握られて少しだけ青紫になった手首、どこをどう見詰めたっていくら考えたって答えなんか出なかった。出すことが出来ない。渦巻く思想にこのまま沈んで仕舞えたならばどんなに楽なんだろう。こんなくるしい静寂は厭。喧騒の中心にいた自分たちがひどく恋しい。


「…シズちゃん、」


口許からこぼれた幽かな言葉のあと、きつく握られた手首の力が弱まる。するりと離れていく指は女のわたしからみても細くて華奢。何処にそんな力があったんだろう、薄く痕の残った手首を視界の端に捉えて脳の隅っこで生まれた疑問を繰り返す。勿論彼には聞こえない様に、伝わらない様に、だけど瞳には期待を見据えて、…答えが返ってくることは無いのだけれど。
わたしにとって彼の存在は、所謂毒だったのだ。言葉にすれば至極単純で、だけども解明は一般人には出来ない程の難解なものだと言ってもいい。どんな感情を彼にぶつけたとしても容易く溶かしてしまい、攻撃になんかならないのだ。それなのにわたしは理解したくない本音をひたすら押し潰して。そして彼の毒牙にかかってしまえば、どんな感情もどろどろに融けてしまう、それは罪悪感でも羞恥心でも後悔でも変わらなくて。


「…すきだよ」


指先から伝わるぴりぴりとした静電気のような小さな電流が躰を駆け抜けるまま、浄化されることなく躰に蓄積されていく毒を脳内で痛みに変えて、彼はまたその毒でわたしを殺してしまうから。…唇に毒を残したまま去ってしまうから。


…仕方が無いから、もうその毒に嵌ってあげるの。






毒林檎でもいいの






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