※新+臨(→静)




そのとき、岸谷新羅は自宅のソファに深く腰を掛け直しながら思ったことを口にするということはしなかった。彼の目の前には黒が居座っていた。黒といっても、彼の愛するデュラハンのことではなく、そもそも彼女には居座るなどという表現は使わないのだが、中学時代からの友人が、折原臨也が、優雅に腰掛けて紅茶を嗜んでいた。彼は何をしにきたのだろうか、喉奥に蹲る空気の塊を静かに吐き出してみると、かちゃりとカップとソーサーの鳴く音が聞こえる。にっこりと笑った黒の口許には、確かな歪みが産まれていた。


「溜め息なんて吐くなよ。せっかく友人が遊びに来たのにねえ」
「頼んでないよ、まったく。わざわざセルティに仕事を与えて、しかも手間のかかる…、何しに来たんだい」
「相談だよ、俺の愛する友人」


相談だと戯言を吐き出す口を紅茶で潤して、彼は大きく腕を広げた。相談だと、この男が。人間の屈辱をこよなく愛し、平穏を睥睨して歪みに愛された感情を孕んだ、この男が。部屋の空気が澱んでしまったように濁るこの空間を無理やり躰に馴染ませて、新羅は口許に笑みを貼り付けたまま、ろくなことは無いなと臨也を見据えた。するとその視線に気付いたのだろうか、臨也は口許をさらに歪ませてくつくつと肩を揺らすと、重い空気の霧を吹き払うように声を続ける。


「睨むなよ、新羅。ただの愚痴だ、聞いてくれ」
「…、私に話す必要があるのかい?」
「きみが一番話しやすいんだ、友人だからねえ」


そして堰をきったように、話す、話す、話す。最近新しい遊びにはまっているんだとか、またシズちゃんにだとか、やさしい手を差し伸べて笑顔の裏で舌を出していても、それでも俺は人間を愛しているんだよとか、内容は舌を吐いて罵りたくなるようなものだと新羅は思った。そしてすっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばしてその水面に映る自分の顔を見詰めて、時々、臨也の話す声の調子が変わるその時を観察していた。それは例えば、夏至と冬至の昼の長さだとか、晴天と雨天の雲の様子だとか、そんな明らかなものではなく、敢えて言うならば、大陸が一日に動く距離や数秒の時間のずれなど、とても些細で小さなことだった。けれど気付いてしまったのだ、その違いに。新羅は、その原因になる話の内容にも驚いたが、そんな些細な変化に気付いている自分に何より驚いていたのかもしれない。十年以上知り合いでいるが、時間の流れは怖いものだと。


「…臨也。きみは気が付いているの?」


そうして冷静になって考えてみれば、ひどく滑稽にも思えてくるものだった。その男の話になると決まって声の調子が変わり、これまで関わった人間の血に染まったような赤目は愛おしさであまく滲み、脊髄から纏う空虚が生まれ変わっていくのだ。すべて解ってしまっていた。それは自分が愛しい愛しいデュラハンに抱くような感情に似ているからか、それとも。新羅は笑みがこぼれそうになる口許を必死に押し殺して、脳裏に浮かぶ愛おしい黒を掻き抱いた。


「好きなんだね、きみは。静雄のことが、この地球上のどの生物よりも」


そう言って脚を組み直す動作をしている間に、首許に侵食する無機質の冷たさを感じて、どうしようもなく笑ってしまいたくなる。だって、ナイフを突きつけて脅かしてみせるその行為の裏の心理もわかってしまうんだ。馬鹿な男だと思った。そのナイフの切っ先も、びちゃびちゃに浸ってしまっているんだろう、きっと、恋という、何よりも拙くておもい、傲慢な鎖の海底に。


「恋慕に犯されて仕舞ったんだよ。きみの猛禽のようなそのひとみは。そうだろう、臨也」


ははは、なんだいその顔は。セルティや静雄にも見せてあげたいくらいだよ。振り返った新羅の視細胞を占領した、あの、折原臨也の顔と言ったら。






スピカに似た






(100807)
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