「ひとになりたいね、シズちゃん…」


にこりと場違いな笑顔を纏う目の前のおとこのその呼吸をとめたくて、噛み付く勢いの儘にくちびるに自分をかさねた。エナメル質がぶつかる色気のかけらもない音が歯を舌を口内を喉を脳を伝う。反動で下半身はぐちゅりと粘着質がないた。


「っ、あ、ん…ッ、」
「はっん…、ぁ、あっ」


お互いの欲を重ねあって慰めあって、躰は確かに向かい合っているはずなのに、この空間のよっつの目は未だに視線を絡めることはない。今のくちづけでさえも合うことのないそれは今に始まったことではないから気にすることもなかった。慾を促すおとこの手の低い体温だけ厭に現実味を帯びていることが不快。引き寄せるために掴んでいた首もとから手のひらが力なく剥がれていくのを視界の隅で見送って、躰と躰の間に勃ちあがる、相手のそれに手をのばす。先端に爪をたてると、「っん、ばか、シズちゃん…っ」、ないた。仕返しとばかりにおんなじ行為で攻められて、唾液が滴るくちびるの端から、耳を劈く吐息がこぼれた。


「っ、…っん、ん」
「や、ぁああ…ッ」


ざわめき引き裂く快感に傅いてしまう。ふたりして吐き出した劣情のかたまりのようなそれを見詰める理性がだいきらい。冷静になりつつある心臓に脳に感情に生疵を残していくから。しばらくの間どちらのものかも知れない粘液で、視界は埋まってしまった。後処理もしないまま、静寂はベルトを締める金具の音に掻き消された。


「ねえシズちゃん」


にこり。目眩く世界のまんなかに孤独が嗤って見せた。


「俺たちって、ひとになれたかな」


この世のあらゆる自然あるいは常識よりも確かな声と滑る指先の蠢きはかなしく空虚に触れる。ひとの証拠をみつけることができないのに自分がひとだと名乗りたくないなあ、俺はちゃんとした形でほしいよ、ひとだって証拠、そうでなければ信じていたくないよ。精液をもてあそぶ指先は今度こそ肌に触れた。ぺた、ぺた、幼稚な音階が鼓膜をゆらしていく。お前はひとでないならなんなんだ。吐き出した慾に人間性を求めるくらいなら、認めてしまえばいいのに。認めてしまえばらくになれるのに。そして、細胞を舐めあげる指先を劣情ごと引っ掴んで、穢れた手の儘で目の前の馬鹿なおとこの、折原臨也の、服に触れた。乗り出した上半身で、いちびょうだけのくちづけを贈る。映り込んだ赤の目は相変わらず底なしのように思えた。


「俺は、お前と生きられたら、それだけでいい」


その中の自身の顔が歪むけれど、そのままでいい。きちんと映っているその事実がただ眩しくて。


「…化け物でも人外でも、なんだっていいんだ…」


表面張力によって守られていた液体は堪えきれずに空を舞う。その赤が滲むのをみるのは初めてだった。ふたりによって純白を穢されたシーツに愁いの染みが刻まれる。
なくなと呟いた声とすきだよと零れた音の不協和音が鼓膜に張り付いた儘、純粋という脆い線で構成されたくちびるにもういちど、馬鹿なねがいをくちづけた。






ゆめみがち






(100731)
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