瞼で覆われてしまったその瞳の奥に宿る憂鬱が、僕を酷くかなしくさせる。くびもとに香る貴方のかおりさえ遠退いてしまいそうに感じるくらい、恐怖に駆られていることを、このひとはいったいどれだけ知っているのだろうか。この細い躰のなかに馬鹿みたいな想いに洗脳された感情をたくさん溜め込んで、その自身の重みでつぶれてしまうことも解っていただろうに。ばかなひと。僕みたいな低俗なにんげんにすがりついて、救われることなんて微塵もないだろうに。それでもこの纏わりつく不確かな体温に狂喜を隠さない心も本音のひとつで。その性格のせいで、素直にひとに近付くことも寄り添うこともあまえることも知らないかわいそうなこころが、いまは酷くいとおしい。


「…いざやさん」


きもちわるいくらいに優しいこえだったと、思う。狂気の沙汰としか思えない行動をする僕でもこんな、優しいこえに変わることをさせた貴方が、どうしようもなく、すきで。恣意的な感情だとしても今この瞬間のそれは間違いだとはおもわない。だって、心地がいいんだ。首にかかる黒髪も申し訳程度にふるえる躰もまわされた腕も、生きている感覚がふたつ在るこの空間。だから。かなしく嗚咽をもらす心をあたたかい感情に浸して、その緊張がほぐれたら一緒に目を閉じて眠ってしまいましょう。つぎに目覚めたときの貴方の心に一瞬でもひかりが生まれたら、その事実だけで僕は幸福なんです。
もう一度よんだ名前によって瞳は開かれる。その赤にうつる自分の表情に、距離の近さを感じ取って歓喜する。誰よりもなによりも、この脆弱なにんげんのそばに居るのだと高慢にわらった。


「手をとって、臨也さん。足掻くのならば、その終わりまで看ていてあげます。世俗に飽きてしまったのならば、溺れてもかまいません。でもその終焉に在るのは、僕の存在だということを覚えていて下さい。この手が貴方以外を捕ることは、世界が滅んでも有り得ませんよ。だから信じて、生きていてください。貴方が居ないと、僕も」


紡ぎ吐き出す予定だった音は彼の喉奥にひゅうと飲み込まれた。ふれるだけの幼稚なくちづけでも、その感情を分かち合うには十分だったから。一瞬ではなれたくちびるに名残惜しさを感じながら見詰めた赤はとても澄んでいた。


「…それでもかまわないよ、俺は」


戸惑いも躊躇いも消え失せた言葉。不確かなふたつの体温が鮮明なひとつに混じり合う。指先で捕った手のひらには小さく祈りを籠めて。
泣きそうに笑った顔の儘、微睡む世界に沈んでいってしまおう。






やさしいせかい






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