世界で僕たちふたりだけしか居ないような、夕日に染められた閉じた薄暗い路地の隅で、泣き崩れてしまいそうな彼の華奢な手首に手を掛けると、呆れるほどに細かった。伏せられて死んだような眼の奥に生気を感じることはできない。いつもサングラスで覆われている両瞳の奥から奥からとどうしようもない悲しみが迫っていることは知っていた。嗚呼どうか泣いてしまわないでいて下さい。貴方が悲しみに暮れてしまうと僕の心も影を負ったように酷く褪めてしまうのです。手首を掴んでいた僕の手をするすると掌に運んで、ぎゅうっと、強く強く強く手を握り締めて、悲しみが零れて溢れ出ないように必死に護った。


「…竜ヶ峰……?」


僕を包んでいた白い空虚がゆらゆらと揺らいだ。見上げたそこから音もなく涙が堕ちて、その張本人は無表情のまま僕を見下げて、僕の名前を呼んだ。僕の頬に零れた貴方の涙が氷よりも冷たく感じるのに、どこか、なぜか、僕の心は温かい気持ちになる。小さく開いた唇から聞こえる貴方の僕を呼ぶ声がどうしようもなく嬉しい。はやくあの人のことなんて忘れてしまってその眼に僕だけを映してくれたら僕だけの名前を呼んでくれたら僕だけに笑って泣いて幸福を分け与えてくれたら、貴方を幸福にするためだけに僕はこの世界を生きていくのに。猛禽の瞳が目覚めた様にぎりぎりと鋭い視線が絡めた指と指に突き刺さる。くるしい。くるしい。僕の瞳からも大粒の涙が零れてきて世界が滲んだ。


「…どうして…竜ヶ峰まで泣くんだ……?」


それを残酷な言葉だと知らない貴方が愛おしい。貴方が好きだからです、と質問に答えられないのは、数多の無垢が僕を包み込んでいるからだと自覚した時、ついに溢れる涙が止まらなかった。うろたえる気配が路地裏を駆け巡る。ごめんなさい、僕、貴方をそんな風に混乱させるためにこうしている訳ではないのに、。


「…すきなんです、貴方が…すき、です」


無自覚に無意識に口許から零れる言葉をこれほど憎く思ったことはない。おおきく揺れ動いたその瞳は泪のせいだけじゃないことは最初から分かっている。寂しさも慈しみも悲しみも動揺もすべて隠さない貴方を好きになった僕だから、全身全霊をかけて受け止めて享受してみせますよ。


「貴方が幸福ならば、僕はそれだけで良いんです…」


精一杯の祈りの言葉は、一層強くさざめいた焦燥の赤い色に掻き消されてしまった。今はその赤が酷く優しいものに思えた。伝えて仕舞うのならば、もう、戻れなくなるような、そんな気がして。目の前で困惑に包まれたままの貴方には一生伝わらないし、伝わらなくていいと思う。だけど、せめてもの想いの丈を吐き出してしまいたくて、止まった泪のあとをその儘、今だけ繋がる想いのしるしの手のひらに、ちいさく懇願を秘めたくちづけを落とした。






つらなり恋慕
(…連なり、辛なり)






(100604)
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