愛を知る者、愛を知らぬ者
愛を知る者、愛を知らぬ者
耳元に唇を寄せて吐息と共に甘く囁く。抱きしめたしなやかでふんわりとした身体からはボディソープの馨りが微かに漂い、淡い色をしたさらりと揺れる髪からは、優しく漂うシャンプーの馨りがした。後ろから抱きしめてそっと耳元で「いいの?」なんて囁けば、彼女は他の女の子がするような融けそうで、熱を帯びた瞳とは違う鋭くてぞくりとする雪のような目で此方を見つめる。「はるかさんがしたいなら、すればいい」まるで甘さを超えたほろ苦い大人の関係のような恋人っぽい台詞は彼女によく似合っていて、目の前で顔を赤くし涙を浮かべるしつこい少女には効いたらしい。それは、そうだ。女の子は平等に愛らしく、また愛される価値のある存在だが、彼女のように一途に人を愛する価値を持つこの人やあの真っ白い真珠のような星に愛された姫君とは比べられない程、醜く嫉妬に歪みしつこい“女”には、余りにも―神聖で特殊な存在に見えるんだろう。
セーラー服に包まれたその身体を抱きしめて、そっと手を胸元から下へと滑らせ、裾から軽く中へと手を入れる。ほら、君が僕に望んでいた行動だ。僕に「しろ」と思っていた行為だ。―お望みどおり僕は「彼女」にしてあげている。さあ願いは叶えた、君は一度だけでいいから「抱いて」といったから、もうコレで満足だろう?
そうやって笑ってやれば、酷いと涙を流しばたばたと駆け出す女。マンションから出て行った彼女をベランダから眺めれば、もう放してと嫌がった彼女にすまなかったと苦笑いする。
「あの子、僕に付き合えと迫って、ね。それなりに容姿に自信があったみたいだし、家も社長をする父にブティックを経営する母と裕福で、天狗になってたんだ」
「無理だって断りは何度もいれたんでしょ?」
「ああ。それでも効かなくて、ついには“一度でいいから身体の関係を”って言い出して、醜さで吐き気がした」
「へえ、そう。その割には、ちゃんと願いを叶えたわね。抱いてという彼女の前で私を“抱いて”見せたんだから」
「そっちの意味として抱いてといわれたわけじゃないし、そもそも彼女を抱けといわれたわけでもない。だから僕は、君を目の前で抱きしめて、彼女が望んだ通り抱いた人間の身体へ触れた。僕は約束を守った、だから次に約束を守るのは、二度と現れないし僕の邪魔をしないと誓った彼女の番だ」
「随分冷たいけど――そんなに、嫌だった?」
「…ああ、嫌だった。男の面を求められるのは嫌いじゃない、僕は君やみちるに女の面を求めることがあるからね」
「じゃあ、なんで?」
「あの子は僕の大切な存在である、プリンセスや君、みちるたちを…必要ないと言った。僕は必要としていて大切だから、大事にしてるのに、彼女には必要ないから廃除しろと言ったんだ。何様のつもりだと怒鳴りつけたけどね」
「そう、じゃあもう少し、遊んであげればよかったな」
こうやって、と悪戯の笑みを浮かべた七恵は僕の身体を後ろから抱きしめると、背伸びをし耳や項に唇を寄せる。そして僕の両手をとり指を絡め、そっと身体ごと絡んでくる。
「君は、女の面をそうやって使えたんだな」
「今は、よ。私に女の面なんて要らない。ただ、醜い子には白鳥になるためのお仕置きとして、本当の愛でも見せてあげればよかったなって」
「七恵の愛?」
「ええ。私とはるかさんが、どれだけ仲間やプリンセス達に本気の愛を持っているか」
そのためにこの身体を、女を使うのなら構わない。
笑う彼女を僕は見つめると、そっと腕を引いてこちら側に身体をもってこさせ、きゅっと抱きとめる。
「…愛ってこういうものなんだな」
「私達の場合歪んでいるかもしれないけどね?」
にっこり笑う彼女に僕は身体を離すと肩をすくめる。
僕達の間に「恋愛感情」はないけれど、こんな面を見せたら別のやり方があったでしょ!とみちるとせつなに怒られるかも知れない。
「それより、はるかさん」
「なんだい?」
「私に触れたことをみちるさんたちに黙る代わりに、今度美味しいフランス料理、ご馳走してね」
「……に、二ヶ月待ってくれ。レースの仕事を終えたら…善処する、から」
2010/09/11.SAT
「愛を知る者、愛を知らぬ者」
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