笑いと呟きと月の周りの二人
笑いと呟きと月の周りの二人
―ウィーン、と自動ドアが開いたことに気付き、客の居なくなった席からメニュー表を手に取り入り口へと営業スマイルというやつを浮かべる。店員という奴はお客に対しては無条件で微笑まなければならない。ああ前世で一々人間に笑いかけるはめになるとは思わなかった。バイトをするというのは大変だ、表情筋が疲れる。「いらっしゃいませー!何名様でしょうか!」女神様よろしく微笑みバックに白い花でも咲かせ丁寧に尋ねた瞬間、ばさばさ、と手からメニュー表が落ちた。
「……い…一名…です…」
「……いち…一名様…です…ね…、こ、ちらへ…どうぞ」
引き攣った顔で緩やかに空いた席にエスコートすれば、「七恵ちゃん!メニュー表落ちてるよ!!」と大島さんから怒鳴られた。すみませんそれどころじゃありません、よりにもよって営業スマイルとはいえ素晴らしい微笑をコイツに向けてしまいました。自害します。ニケ待ってて今後を追いかけるわ!
「月森…トリップするな…ほら、メニュー表よこせよ」
「うっさいあんたには水で十分だ」
べーっと舌を出し「お前にはコレがお似合いだ」と水の入ったコップを出すと苦笑いされる。
「水って、お前利益上げなくていいのか?俺、今日はティーセットじゃなくてきちんとランチメニュー頼みに来たのに」
「はい此方のランチメニューが当店では一番高く美味しいものとなっております、あ、お値段はがっつりメニューでこれですよ!お肉にお野菜に魚介類と豊富ですのでビタミンも栄養もたっぷりでこの値段はお安いですよさあこれをお食べくださいお客様!」
「これは二名以上のメニューだろ!俺は一人分の簡単なやつでいい、サンドイッチとベーコンエッグ、それから珈琲にサラダとヨーグルトのついたこのランチメニュー頼めるか?」
「生憎地球のへたれプリンスに差し出すメニューは売り切れでーすさあこのお高いメニューをどおおおおんとああどーんとお食べ下さいませ」
「…そんなに俺をいじめたいか?」
「苛めたいわね私のスマイルは安くない今すぐ金を差し出せゴルァ」
月森さんの微笑みは別料金です、と手を差し出せばぱしっと跳ね除けられる。ちっ、相変わらず可愛くないやつだ。
舌打ちを打てばよくそれで面接通ったなと関心される。
「タッパがそれなりにあるし、結構はっきり物事言ったし…しっかりしてて頼れそうなとこを採用してもらったのよ」
「まあ、びしっとはしてるよな。男の客にも物怖じしないし」
「こういう甘い系の店には可愛い女の子が多いから、少しあれな客も居るらしいのよね。私はそれを“牽制”出来るみたい」
「お前、生身で戦(や)れたっけ?」
「身体に前世(むかし)の肉弾戦(やりかた)が染み付いてるのよ」
記憶が戻ると、己の魂に刻み込まれたものが浮かんでくる。
私達セーラー戦士は今となっては普通の女子学生ではあるけれど、奥底にあるパワーを引き出すコツさえ知っていれば、眠るパワーを身体で使う力に変換して戦える。妖魔などが相手の場合は邪を払う程度になるけれど、生身の人間なら此方の出す本気のオーラに触れてしまえば気触れしてしまうだろう。
「さすが、というか、ご愁傷様というか」
「何がご愁傷様なのよ」
いじめは終えて言われたメニューを機械に打ち込めば、私は水をサービスして立ち去ろうとする。
そんな私に地場はぼそりと呟き、私は眉を寄せて首を傾げる。
「いや、だって、な。折角人間として、普通の女子高生として生きてるのに、彼氏に守られる女子ってのをやらないってのはなぁ、と」
「……なーに、それ。彼氏とか、私柄じゃないし、要らないわよ」
くっと笑えばじゃあねと厨房へ引っ込む。
「―たく…営業とはいえ結構イイ笑い出来るのに、勿体無いよな。まあ、あんな笑い方されたの初めてで結構びっくりしたけど」
そんな呟きをしていたなんて、私は当然―――知らない。
2010/09/10.FRI
「笑いと呟きと月の周りの二人」
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