自分自身に笑うばかり、







自分自身に笑うばかり、







ぱきん、ぱきん。白いレースのリボンで緩く髪を一つに纏めた七恵さんが、私の手を取って爪を切ってくれる。すらりとした少し白くて、細長く―淡い桜色に光る艶やかな爪先に力を少し込めて、オレンジ色の爪きりでぱきん、ぱきん、と大分伸びた爪を処理してくれる。戦い続きでずっと忘れていた指先の、爪の手入れ。伸びすぎて、一度爪きりで切ってから、女の子の爪のお手入れのやすりや艶磨きで爪を丁寧にケアしてくれるらしい。テーブルの上のティッシュの上に落ちた爪の残骸は大分長くて、よく此れで今まで怪我をしなかったものだと感心する。だってそうでしょう、この爪がこのまま長いままなら、戦闘で爪が折れてしまうこともあるだろうし、逆に自分自身を傷つけていたかもしれない。そもそも指摘されるまでずっと忘れていたから、リーダーとしてどうなんだろうと自分で思うけれど、伸ばしていてこうしてやってもらえるなら、忘れていたことも悪くないと思う辺り私は大分大切な月に関連するこの人や、あのお姫様が大事らしい。出会ってまだ半年もたたないというのに、大切な人が出来るまで時間は関係ないとよく恋愛小説や漫画、ドラマでいうけれど、本当にそうだと実感する。



「はい、出来たわ」

「有り難う、七恵さん」



いつの間にか爪を切る音が止みぼんやりしている間に丁寧に爪をやすりで削られ艶磨きで艶やかにされたらしい。程よい長さになった自分の指先はきらきら輝くようで、一つの作品のように見えるから不思議なものだ。ティッシュに爪を包んでゴミ箱に捨てる彼女の背中を見つめれば、ふと思う。―こうして爪を切ってくれた彼女の爪は、いつも同じ長さだな、と。











美奈子ちゃんがふとぼんやり呟いた。七恵さんの爪って、いつも均等で短くもないし長くも無い、それにネイルも付け爪の一つをしてるところも、見たことが無い、と。それを聞いてあたしはそういえばそうだったな、と気付く。あたしも七恵さんみたいに一人暮らしをして家事全般一人でやってるから、最初は家事のこともあるから爪を伸ばしたりも、色づけしたりもしないんだと思ってた。でも考えてみたら、ファッション雑誌を読む七恵さんの部屋にお邪魔したとき、彼女の部屋の机の上には、均等に並べられた桜色と桃色、薄い水色にオレンジ、黄色にラメの入ったネイルがあった。それに爪につける飾りの花もあったし、ストーンだってあった。こういうのするの?って尋ねたら、去年まではたまにつけてた、と返された。じゃあ此処に並んでるやつは全部昔の?―この前購入したやつだから、まだ未開封よ。静かにそう言われて、あれ、と首を傾げる。つけてないのに新しいのを用意したの?でも一度も七恵さんの指先が、淡く色づいたところを見たことが無い。ねえ、なんで?



「…もうそういうの、やめたのよ」

「…そっか」



理由はなんとなく分かった。大切な人を守るために、技を放ち仲間を引っ張る手に飾りなんていらないんだろうって。変身するとき指先は己を象徴する色が勝手にネイルとしてつく。それは、自分の力が指先の色に込められている証。彼女にとってファッションでつけるネイルは、変身で誓うネイルを壊す事になるんだろう。それが分かったとき、あたしは理解した。あたしも、普通の女の子の一人だといいながら、自然と心から戦士として、大切な人を守る決意が現れていた、と。











もうネイルなんて要らないかも、美奈子ちゃんとまこちゃんがそんなことを言うもんだから、あたしは心底驚いた。だって二人ともそれなりに身なりには気を遣うし、特に美奈なんてメイクもそれなりにマスターしてるしヘアアレンジだってお手の物、まこちゃんも高い長身がコンプレックスだけどスタイルのよさと一緒にそれを武器にしてモデルみたいに服を着こなす。二人も今時らしくおしゃれに気を遣ってるのに、指先だけはまっさらなまま。何手抜き?所詮その程度なの?嫌味を込めていってやれば、レイちゃんはまだなんだと笑われた。何よそれ、男がどうの彼氏がどうの着飾りがどうのって話?生憎あたしはそんなくだらないものなんてどうでもいい。口先で語ろうとも内心はべつに気にしちゃ居ない。なのに、二人は違うよとただ笑っただけ。何よ、意味がわかんない。だから七恵さんに聞いた。あの二人、指先はもう飾らないって言ってた。そういったら驚いたように目を見開き、暫く考え込んだこんだら七恵さんは突然笑い出した。普通の女の子で居たいっていってるのに、もう覚悟がやっぱりあるんだ、って。―その言葉で分かった。そっか、そうなの。血にまみれるかもしれない戦士の手。けれど大切な人たちを守るために使われる真っ白い手。それは常に戦士として戦うあたしたちにとって大切なもの。指先には戦士としての決意のカラーが刻まれる。それを飾らない、それはつまり。



「レイちゃんはどうする?」
「…あたしも、ありのままの手にしておこうかしら」



そういったら七恵さんは笑って、貴方も結局普通の女の子でありながら、戦士としての覚悟を決めてしまったんだね、と言った。―覚悟なんてまだ決まってないと思う、けれど、決意は決まったと思う。だってあたしたちが出会ったプリンセスは、ドジでおっちょこちょいの泣き虫で。そのくせ明るく笑ってくれて、何もかも包み込んでくれる。絶望の中光り輝くその存在を、真っ白なこの手で掴み守るっていう決意は、この世界で、現世で戦士としても生きていくことを決めた自分の証明他ならないから。











皆私みたいになりそう。なきそうな顔で笑って七恵さんはそういった。私はこの人がはじめて、私達に直接弱さをぶつけたなと感じた。戦士になる瞬間のネイルの意味を皆悟ってしまったことを後悔していて、同時に自分が指先を飾らないことを愚かなことだと罵り始めた。それをみて私は、酷い話、ううん酷くて醜い子かもしれないけど、馬鹿みたいって思った。だって自分を責める必要なんて、七恵さんにはこれっぽっちもない。自分達でそれを始めたらな自分達のせい。美奈子ちゃんもまこちゃんもレイちゃんも光に己の人生を少しずつ賭け始めただけ。戦士として生きていくには、覚悟か或いは決意、もしくは両方が必要になる。前世の使命で生きてはいけないといったのは貴方自身でしょう?だから私は笑って言った。戦士になるために必要なものを見つけただけなのに何がそんなに悲しいの?そしたら七恵さんは目を見開いて固まった。私は可笑しくて笑ってしまう。別に私達は普通の人生を捨てたわけじゃない、ただ戦士として生きていく決意を、手に入れただけ。誤解しているのは、貴方よ。



「言っておきますけど、私達は狂ってませんよ」

「…じゃあ悪い方に、あたしに感化されたのね」



むすっとする七恵さんが子供みたいで思わずまた、私は可笑しくて笑ってしまった。そうかもしれない。普通を諦めたわけじゃない、でも悟った。悟ったけど、ただ戦士として生きていくのに必要なことを、手に入れただけ。手に入れたのが今までを捨てるわけじゃない。だって光のあの子は言ってくれる、あたしのためだけに生きる必要は無いと。だから私達は言える、貴方と生きるために戦士になり、戦士として生きていくのに普通の女の子としてやりたいこともしていくんだ、と。











この子たちには適わないと思った。悟ったくせに諦めてもないし、前世の使命で生きてるわけでもない。今を生きながら大切な人のために戦うことも、普通の人生を願う事もやめていないだけだ。使命で生きていく事に悩んでようやく見つけた私があほらしく思う。もしかしたら最初からこの子たちに相談してたらさっくりみつかったのではないかと思うくらいだ。―むかついたから、明日ネイルをしてクラウンに行ってやろうかと思う。私の決意はネイルをしたからって壊れるわけじゃない。戦士の誓いである私のカラーのネイルが壊れるわけでもない。そう、結局これは気持ちの問題だと気付くのに、また私は時間が掛かるのだろう。



「うさぎちゃん」

「なあに?」

「私って、馬鹿かもしれない」

「…え?」



ぽかんとしたあの子を見たとき、私はついに自分に対して笑ってしまった。







2010/09/06.Mon

「自分自身に笑うばかり、」




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