唐突に声をかけられた。
「ねえねえなまえセンパイ」
「何、フラン」
「そんな睨まなくてもいいじゃないですかー。普通にしてても酷い顔が更に凄いことに」
なってますよー、と奴が言う前に蹴りをくらわせてやった。
こいつ、デリカシーとかいうものが欠如しているらしい。是非一度精神科に行くべきだと思う。ていうか今すぐに引きずってでも連れて行ってやりたい。
そんなわたしの考えに気づいているのかいないのか大して痛くもなさそうにつぶやきを漏らすフラン。
「センパイ痛いですー。そんなだから彼氏出来ないんですよー」
「ふ、フランに何がわかるのよ!わたしだって一人や二人はいたわよ、そんなもん」
まあ喧嘩して殴って病院送りにしたけど、と心の中でそっと付け加える。しかし決して顔には出さない(これぞヴァリアークォリティ)。意地でも出したくはない。これがこいつにばれたら多分「わーセンパイが動揺してますー。似合わねー」とか散々言われてトドメに鼻で笑い飛ばされるに違いない。
お見舞いに行ったら全力で面会拒否されたっけ、なんてあの頃を懐かしく思い出してしみじみとするわたしの傍らで、フランが物凄く疑わしそうな視線を投げかけてくるのに必死で苛立ちを抑える。
しかし流石はフランだ。そのまま更に失礼な言葉を遠慮なく吐いた。
「へー。一応いたんですねー」
「アンタ絶対嘘だと思ってるでしょ。てか一応ってなんだ一応って」
「まさかー。ミーがそんなこと考えるわけないですよー」
言い方と身振りがいちいちわざとらしすぎるカエルに殺意が湧く。
わたし、最近になってイライラすること増えたな。多分九割はいや十割はフランのせいだけども。
そのうち、ストレス性胃潰瘍とかなったりして。もしそうなったら慰謝料を請求してもいいかもしれない。
そんなことを考えつつ、向かってくる敵をさっきよりも力を込めて吹っ飛ばす。
ああ、ちなみに今は任務中だ。
わたしだってただ呑気にフランとくっちゃべってたわけじゃない。これは仕事、しなければならないことだ。そう、例えそれがいけすかない奴と一緒だとしても、だ。
「センパイなんかさっきよりも敵に容赦ないですねー」
そのいけすかない奴が話しかけてくる。
アンタがわたしにかけるストレスを敵にぶつけてるだけなんだけどね、と思いつつも言葉を濁す。
「まあ、いろいろとね」
「それ答えになってませんよー。アホで言葉も理解出来ないなんてとことん可哀想な人種ですねー、なまえセンパイって」
わたしの先輩としての余裕は鼻で笑い飛ばされ「誤魔化そうとしたってそうはいきませんからー」とものすごく上から目線の言葉もついてきた。
なんだろう、この誤魔化しようのない殺意は。
「もう本当に息の根を止めていいかな」
結構本気でそう思ったとき。
あまりにも生意気なフランに注意を向けすぎた所為か油断していたらしい。
気がついたときには、敵が迫ってきていた。あ、これはまずいかもしれない。
人生が走馬灯のように駆け巡る。まあ短い人生、その時間はそう長くはなかったけど。わずかコンマ何秒か程度だろう。
「う、わー…」
なんか人間、こんなときに思い出すのはくだらないことばかりで。
冷蔵庫のプリン、わたしが死んだら誰かに取られるな、とか。くそう名前書いとけばよかったよ。
読みかけの漫画、最後まで読んどけば良かったな、とか。
内心あまり穏やかではないけど静かに目を閉じる。
「ここで死ぬんならやっぱりあの時フラン殴っとけば良かった」
「センパイあっさり何言っちゃってくれてんですかー」
「うん。これわたしの最後の言葉として皆に伝えといてね」
聞こえてきた声に答えながら疑問を感じゆっくりとまぶたを開く。あれ、まだ生きてるなんてぼんやりと思った。
「センパイ、危ないとこでしたねー」
どうやらフランが助けてくれたらしい。
敵はどうもそいつが最後だったようで、無事任務完了。
「さ、帰ろうかフラン」
「あれー何だろう。今センパイを助けたことを心の底から後悔してる自分がいますー」
「あ、ごめん言い忘れてた。助けてくれてありがとね」
心こもってねーなー、とかなんとかブツブツ文句を言うフラン。
そんな小さいこと言ってたら駄目だよ、と言うと更に文句を言われた。
今助けられて一瞬、ときめいたのは気のせいだ。そうに決まってる。
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