うぬぼれオリオン




「あ!」

うわの空で授業を受けながら、窓際の席から見上げた灰色の空にふいに現れた白。
意識せず漏れた感嘆は、静かだった教室に瞬く間に広がった。

「わぁ〜!珍しいねぇ〜!」
「すっげ!雪だぞオイ!」
「シンク、ナイン。座れ」

窓の外を見るなり窓際に走っていったシンクとナインをクラサメ隊長がたしなめるけれど、ふたりは空から落ちてくる白い粒に釘付けで隊長の声なんて聞こえていない。

「おい見ろよ!雪だぜ雪!」
「雪合戦できるくらい積もるかなあ?」
「手加減しねーぞコラ!」
「上等だーっ!」

並んで窓の外の景色にはしゃぐふたりの姿を微笑ましく思いつつ、私はナインの服の裾をくいっと引っ張った。

「ナイン。シンク。戻って、隊長怒ってるよ」
「外見てたお前が最初に気づいたんだろうが。んだよ、真面目なふりしやがってコラァ」
「私は誰かさんと違って、席をたつまでもなく見えてるからいいの」
「ズルじゃねーか!」
「どこがよ!て、こら!やめてよもう!」

わしゃわしゃと私の髪を掻き回して、挑発的な顔で見てくる。
そんな顔して、私にも席を立たせようとしたって無駄だ。
憎たらしいナインのお腹にひとつパンチを入れると、ナインが逆切れして再びわっしゃわっしゃと髪を撫でまわす。それを見て前の席のエースが小さく笑った。
ナインは挑発的なニヤニヤ顔のまま、「ふん」と鼻を鳴らした。くそう、憎たらしい。これが恋人たちの戯れなのだから驚愕である。

「なまえ、けっこう粒おっきいよぉ〜!積もるんじゃないかなあ!積もったらみんなで雪合戦しようね!」
「えー…雪合戦…」

ナインは再び窓に張り付いたので、髪を直しながらシンクに答える。
シンクが雪玉を投げるとなると、もとの力が強いわ本気すぎるわで、多分かなり痛いからあまり簡単には頷けない。
でも雪合戦か、久し振りにいいかもな、なんて思っているうちにクイーンがふたりを叱り、シンクとナインはやっと席に戻った。
クラサメ隊長がナインとシンクに視線で釘をさした後、授業を再開する。
けれど、みんなの視線は窓の外を向いていた。
席を立ってまで雪にはしゃいだのはナインとシンクだけだったけど、久し振りに見る雪に、みんなの心が弾んでいるのがわかった。

確かに久し振りだ。大陸の南の端っこの、こんな地域に雪が降るなんて。
空を見上げて、少しは積もればいいなと考える。
ナインのほうを見ると、そわそわと落ち着かない様子で窓の外を睨んでいた。


 ***


雪は短時間で空と地面を覆い、見たところ2センチほどの積雪になった。
授業が終わる頃、見計らったかのように雪は止み、地に敷き詰められた白だけが残った。

チャイムが鳴るなり、誰よりも早くナインは教室を飛び出した。予想通りだ。
それに続いて、シンクやジャックが後を追い、それを見送っていた他のみんなも外へ出る準備を始める。
みんながマフラーを巻いたり、手袋をつけたり、それなりの防寒をして教室を出て行った。
とくに、体調がよくないレムは、幼馴染くんに厳重な防寒を施されて、困ったような、だけど嬉しそうな顔で教室を出て行った。
二人を見ると思わず顔が綻んだけど、最初に出て行ったナインだけは何の防寒もせずそのまま外に出たことを思うとため息が出た。
ばかなんだから。心の中でそう呟いた。
自分の首にマフラーを巻いたあと、ナインのほぼ空っぽの鞄の中からマフラーを引っ張りだして、教室を出る。


遅れて噴水広場に到着すると、既に雪合戦は始まっていた。
いつもはみんなをたしなめているクイーンまでが、ジャックの雪玉をもろに受けて全力で反撃している。
よく見ると、みんなして雪まみれになっていた。雪まみれ、というか、もはや体についた雪が溶けて水びたし…。
これはナインだけじゃなく、ちゃんと防寒してきたみんなも風邪をひくかもしれない。
そう考えながらふと周囲に目をやると、流れ玉に当たらないよう広場の隅を通る生徒たちが、いろいろな意味で目立ちすぎている0組を苦笑しながら見つめていた。

階段の下まで足を進めると、雪がきゅっと鳴った。
広場にも積もっていただろうに、すでに踏み荒らされていて、少し残念な気持ちになる。
ブーツの底で雪を弄んでいると、

「おい、なまえ!」

と凄むような声で名前を呼ばれ、顔を上げるとナインがこちらに駆けてくる。
この短時間でだいぶ遊んだのか、すでに満足そうな顔をしたナインをちょっとだけ、いとしく思う。
だけどそんな素振りは見せず、私はマフラーを掲げた。

「お前も早く入れよ。シンクが投げてくる雪玉クソいてぇぞコラァ」
「その前にナイン、これつけなさいよ」
「あぁ?なんだそれ」
「あんたのマフラー。風邪引くから」
「おう、ありがとな」

ナインの首に届くよう背伸びをして、二重に巻いたあと首の後ろできゅっと結ぶ。ナインはマフラーに顔を埋めた。

「あー、ぬくい」
「寒いなら最初から巻いていきなさいよ。あとちゃんと上着の前閉じる」
「うるせーな、ほっとけよ」
「手も、冷たくしちゃって」

ナインの両手をとって握ると、ぎゅっと握り返してきた。
「ぬくい」と呟いて、暖を取るために指を絡めてにぎにぎと揉んでくる。私の手はカイロか何かか。
にぎにぎ、とやたら私の手やら指やらを揉み続けるナイン。

「やらけー手だなてめー」
「変態。…手袋も持ってきたらよかったな」
「つーか、普通そっちが先だろ。雪合戦するっつってんだからよ」
「文句言うなら自分で持ってこいバカ」
「うっせぇな、バカっつった方がバカだコラァ」
「はいはい」

悪態をつきながら、こつん、とおでこをくっつけてくる。
次いで、少し乱暴に頬をくっつけられて、私の熱は次々ナインに奪い取られる。
肌が心地よくて軽く頬ずりすると、ナインが笑い、呼吸が私の耳をくすぐった。

「つめたいんですけど」
「俺があったけーから別にいんだよ」
「最悪」

笑い合いながらナインの胸を軽く押すと、仕返しのように引き寄せられて、冷たい唇が私の唇に触れた。
時が止まったかと一瞬錯覚した後、雪に濡れた睫毛と、視線がぶつかる。
照れてしまった私は、ナインの顔を見ないようにしながら、一歩うしろに下がった。

「…こんなとこでちゅーしないで」
「口さみーんだよ」
「なら、マスクとか持ってきたらよかったね」
「……」

黙り込んだかと思うと、ナインはマフラーに顔を埋めて、小さな小さな声で「お前がいいっつってんだろコラ」と、いつものように憎たらしい口調で、だけど恥ずかしそうに吐き捨てた。
かわいくてうれしくて、思わず笑ってしまう。
周囲の遠巻きな視線を感じるけれど、私は静かに目を閉じた。
先程揉みしだかれた手は、今はぎこちなく握られている。
ナインの呼吸が近付くのがわかる。少し緊張してるのが伝わってくる。
とても静かに、ゆっくり、ゆっくり近づいて―――――――
ゴチン!と、派手な音がした。

「い…っ!?」

唇ではなく、おでこがぶつかった。予想と真逆の感触にたじろぎ、後ろに数歩よろめく。
頭上に星が飛ぶとはきっとこのことだ。一体何が起こったのかと瞳を上げると、ナインの金髪の上でまっ白い雪玉がつぶれていた。

「いってェなコラァ!!あぁん!?」

ナインが青筋を浮かべて振り返ると、ケイトが腰に手を当てて仁王立ちしていた。
どうやらケイトが投げた雪玉がナインの後頭部にぶち当たり、バランスを崩したナインと私のおでこがぶつかったらしい。

「ケイトてめぇ何すんだコラ、ふざけんなよあぁん!?」
「なまえ、いちゃいちゃしてないで参加してよ!男女対抗戦するよー」
「男女対抗?雪合戦で?」
「そう。もう始めるからふたりとも早く来なさいよ」

怒っているナインを無視し、ケイトはみんなのもとへ駆けていった。
鈍く痛むおでこを押さえながら広場を見ると、立ち入り禁止の芝生の部分にある雪までかき集めて、これから始まる戦いに備えてみんなせっせと雪玉を製造している。
雪合戦に勝ち負けがあるのかどうか謎だったけど、とりあえず楽しそうなので参加しよう。
ナインを見ると、座り込んでぶつぶつと呟きながら、まだきれいな雪を集めてぎゅっぎゅっとかたく握っている。

「クソっ、ケイトの野郎、ただじゃおかねえぞコラァ」

仕返しのための雪玉らしい。まったく血気盛んだ。
髪についたままの雪を払い落してやって、ナインのおでこに手をあてる。

「ナイン。ぶつかったとこ痛くないの?」
「あぁ?別に痛くねーよ。あんなのが痛かったのかお前」
「普通に痛いわよ…ナインのばか、石頭」
「俺悪くねーだろコラァ」

不本意そうに言いながらも立ち上がり、私のおでこをよしよしと撫でてくれた。が、乱暴な上に加減を知らないから余計に痛い。

「お、そうだ」

ちゅ。
思い出したようにキスされた。さっきより少し長く、唇を重ねる。
自分からしてきたくせに、唇を離すとナインは照れたように視線を逸らして、マフラーに口元を埋めた。

「口、あったかくなった?」

聞いてみたものの、触れたナインの唇はもう冷たくはなかった。

「別に、もう寒くねー」
「ふーん。したかっただけ?」
「……………っ悪いかコラァ!」
「べつに、全然、いいけど」

どきどきする心を隠しきれずそう返事をすると、ナインは照れ隠しのように鼻を鳴らして、みんなの方へ駆けだした。
仕返しの雪玉は完成したようで、ナインの右手にかたく握りしめられている。
私もみんなに合流しようと雪の上を一歩踏み出した。
その時、

「だからぁ、人前でいちゃつくなっての!」

一喝したケイトの雪玉が真正面からナインの顔に炸裂し、それを合図に0組男女対抗雪合戦が開始された。



END






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