零細傭兵隊の日常


 これは、帝国のどこか。小さな街の、小さな宿屋。その一室でのある日の会話。

「これで何回目?」

 明るい橙の髪の背の小さい貧弱な少年が、大柄と小太りと長身の大人三人を相手に眉を吊り上げている。

「細かいことを気にしていては身長なんていつまでたっても伸びないぞ」

 大柄な大人――オルトヴィーン・ヴァースナーが芝居がかった仕草で大仰に両腕を開いてみせた。それに長身の大人――フレデリック・リヴェロが無表情のまま無言で頷く。

「いや、関係ないから。僕の背が小さいのとこれは関係ないから」

 的確な指摘を飛ばす少年に、小太りな大人――ユベール・ギィがにこにことはちきれんばかりの笑みを浮かべる。

「細かいことを気にしていては不慮の事態に対応できるような心の余裕は育ちませんよー」

 こちらにも無言で頷くリヴェロをあえて見なかったことにして、少年は不機嫌そうに目を眇めた。

「あのね、明日の宿すら確保できるか微妙なのに、そんな大きい話しないでくれない」

 ここでヴァースナーが男泣きを見せた。というか、嘘泣きを披露した。

「そんな度量の小さい子に育てた覚えはない」
「悲しいやら情けないやらでお父さん泣いてしまいますよ」

 無駄に真剣な表情でヴァースナーを慰めるふりをするギィ。
 対する子どもの目はどこまでも零下だった。

「それ、本気で言ってる?」

 沈黙。
 窓ごしに聞こえてくる小鳥の囀りがやけに大きい。
 その時、ヴァースナーが叫んだ。

「今だ!」

 何が今なのかまったく解らないが、突如大声を出した当の本人は率先して部屋の出入り口の扉へと走る。

「逃げるぞ、ユベール、フレデリック!」

 どたどたという足音に紛れて次第に遠のいてゆく宿の階段を駆け下りながらのこの導きに、ギィとリヴェロがどこにそんな瞬発力を隠し持っていたのか疑いたくなるほどの素早さで続き、

「あ、ちょ、どこ行くのさ!」

 完全に取り残された少年がやや遅れて部屋を後にする。

「待っていろ子どもたち、賭博でも代理闇討ちでもして明日の宿代は稼いでくるからな!」
「駆けっこならまだまだ負けませんよというかセルヴくんだけにはいくつになっても負けませんよ」

 宿の戸口にて息を切らして立ち止まらざるをえなくなった少年は、道の向こうに遠くなる三人の背中に――あえてギィのそれは無視をして――声を投げつけた。

「かっこよく微妙なことのたまわないでくれない、それじゃどんなに純粋無垢な子でも真っ当になんて育たないだろどう考えても。じゃなくて、帰って来い、そこの三人!」

 晴れ渡った空はどこまでも蒼く、降り注ぐ陽光はどこまでもうららかで。

「どうしたの?」

 宿の外、騒ぎに気づいてか部屋から出てきた淡い翡翠の目をした少女が地面にしゃがみこんでいる少年を見つけた。
 少女を一瞥することなく、三人が消えていった道の先を見据えたまま少年が失笑する。

「この地に伝わるという伝説の石壺にオルトが一目惚れした」

 この一言で少女はすべてを理解し、

「まぁ、いつものことよね」

 育て親がどう見ても真贋すら怪しい意味不明なもので散財することも、それによってほぼ無一文状態に陥ることも、すべてを理解した上でやわらかくため息をつく。

「だからこそいい加減にしてほしいんだけど」

 肩を落とす少年の頭上には、どこまでも澄んでどこまでも果てのない蒼穹が広がっていた。



(零細傭兵隊の日常)

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