日傘02


垣のなかで寝起きするようになって、どれほど経ったのだろう。
紅を燈していた常緑の大樹は、雷の梯となり、焼け焦げ、砕け散った。根のちかくを残してはいたものの、天をつなぐには心もとなかった。今では、大樹であったものの裂傷は苔に覆われている。
どうしてそれが生じたのかなど、里のものは忘れてしまっているだろう。
裂け焦げた木塊の傍らに、金鱗はいた。緑陰につつまれながら、碧の淵を漂っていた。木塊からは稚樹が伸びていたが、大樹と呼べるようになるまでにはまだまだ時を食むしかなさそうだった。苔に沈む裂傷に、黒漆の箱が埋めてある。そこに納められているものをわたしは知らない。それでも、この箱をここに留めるということは、ひどくとらえどころのない金鱗の、唯一の執着であるように見えた。
どうしてそのようなことをするのかと問えば、声をとどけてあげたいからですとこたえた。どうして声がとどくのかと問えば、この樹は梯ですからとこたえた。そのこたえに、この樹が砕けて以来、おとなわなくなった声をおもいだす。

「また会えるかな」

 草いきれのなかから、水にたゆたう金色を見つめた。

「会えますよ」

 澄んだ碧の目が、わたしに据えられた。

「ここには、まだ、さかながいるのですから」

 蝉時雨に叩かれながら、金色のさかなは微笑んだ。

<日傘 抜粋02>

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