碧淵07
その夜は池の魚が騒いでいた。
夜具のなかから引き摺り出され、灯りもないままに連れられていったのは、門前だった。ここで寝起きをするようになってから、腕を鷲掴みにされたまま、初めて門外の土を踏んだ。少女もさかなも姿が見えない。腕を掴んでいるのは護士だろうか。
夜であるにもかかわらず、里のあるであろう平地は明るかった。残照でも暁でもないその灯りは、定まることなく夜を舐めた。地に落ちた水滴が膨れ上がるように、燻った火種がうずくまっているようだった。
門前から見下ろした里は、炎が滴るままに、燃え盛っていた。
「見知らぬかたちのものが、里に踏みこんできた。おまえはあれを防げるはずだ。跳ねつけることができるはずだ。そうでなければならないはずだ。そのために、我々はさかなを飼ってきた」
頭上で捲くし立てられる声には怒気が籠もっている。
明るさが迫ってくる。煙が山を這い登ってきた。燻し出されるようにして駆け上がってくる人の影がある。里人だろうか。
矢の雨が門前に降り注ぐ。腕を掴んでいた手から力が抜ける。門のなかから伸びてきた手が肩にかかり、後方に引かれた。門のなかへ引き摺りこまれる。
飛来する矢は、間断なく、その鏃を地に突き立てていく。
「泳ぐよ、はぐれないで」
手をつないだ少女が、池を目指して進んでいく。池では魚群が跳ね踊り、飛沫がけぶっている。駆けこむようにして水に潜った少女を追いかけて、泳ぎ出す。
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