碧淵03
池の魚が跳ねた。その飛沫が水面を叩く音と、こたえを紡ぐ音が、重なった。
「さかな、でしょうか。この地において、家主の代わりのようなことをしているものです」
耳に届く音は穏やかで、その連なりに身を委ねていると、やわらかな水に沈んでいくような心地になる。
「金鱗!」
まどろむようなやすらぎを破り捨てたのは、棘を帯びた少女の声だった。忙しない足音が近づいてくる。咎めているとも案じているともつかない呼び声に、さかなは困ったようだった。
こちらへと歩んでくる少女を、正面に見た。陽を弾くような白を印象とする少女だった。
少女は足早にさかなへと歩み寄る。詰め寄られたさかなは、身じろぐこともできないらしい。柱に片手をついた少女の落とす影が、金色を染める。
「こんなところで何をしているの。おとなしくしていなければ駄目でしょう」
「ずっと寝床に籠もっていては、気が塞いでしまいます」
「それならなおさら、声をかけなさい。まだまともに動けもしないのに。いつもそうやって傷の治りを遅くする」
それまで少女を見上げていた碧の目が、こちらを示した。
「ほら、目が覚めましたよ」
少女は黙った。ふてくされているようだった。呆れているのかもしれなかった。少女は柱から手を放し、こちらを睨んだ。
「どうしてこんなところにいるの。君も寝ていたはずでしょう。いくら身体がもとのかたちを取り戻したといっても、山野を駆け回るのに十全なはずはないし、後に響いてしまう」
険しさの募っていく少女を、さかなが遮った。
「ところで、戻らないのですか」
底抜けに長閑なだけの声に毒気を抜かれたのか、少女は息を吐いた。
陽射しのなかで、金色がゆらめく。高くなっていく金色を仰いでいく。さかなは声を落としてきた。
「ここから出ようとはしない方がいいですよ。陸の上にあっては、衛士に刺されるのがせいぜいといったところです」
穏やかなだけの、声だった。
少女に支えられるようにして泳ぎ出したさかなが、ゆっくりと遠くなっていく。
もといたところに戻ろうとすると、少女が諌めたように、数歩を歩くにも足がもつれた。縋るつもりなどなくとも、あたりのものに手をつかないとよろけてしまう。
風が緑をざわめかせる。その音に誘われて、池の先へと眼が移る。しなった枝葉の合間に、垣のようなものがちらついた。
目に付かないようにされているようだが、ここは囲われているらしい。
出て行くにしろ留まるにしろ、しばらくはおとなしくしているしかないようだった。
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