碧淵02
暗いところで目が覚めた。細く鋭い一筋の光が、暗闇を貫くように、走っていた。目を凝らしてみると、閉められている戸の隙間から射してくる光だった。
身を起こしてみる。からだは重いが、動けないわけではない。手のひらがとらえたやわらかさから、転がされていたのではなく、寝かされていたことを知った。
かすかな香が、舌の根に残っている。
ここはどこであるのか。幾つもの膝が並んでいたあの場所とは違うところであるのか。それとも屋根は同じなのか。どこの誰の意図により、何をされて、ここでこうしているのか。なにひとつわからない。
水音がする。せせらぎではない。木々の葉のそよぎのなかに、魚の跳ねるような音がする。
かすかに、あの香が漂ってきたような気がした。
立ち上がってみると、よろめいた。泥沼を歩いているような不安定さを覚えながら、縦に走っている光の筋へと近づいてみる。裸足で踏み出した床は、ひやりとしていて、すべらかだった。板張りであるらしい。
光に指をかけて、戸を引きあける。明るさが溢れ、目に見えるものすべてが白に塗り潰される。眩さによろめきそうになりながら、光の奔流へと歩み出た。
潤んだ土の香を吸いこむ。水の香を孕んだ風が、肌を冷やして抜けていく。
眩んだ目が光に馴染んでくると、眼前に広がる池と、池を囲むようにして建っている家屋と、家屋を包みこんでいる樹木の緑があらわれた。湧き水がつくる池なのだろうか。天を写すほどに澄んでいて、対岸を遠目に眺めるほどには、大きい。地形によって眺望が遮られているところもある。小舟を浮かべて遊ぶこともできそうだ。目にすることができる限りではあるが、家屋の池に面しているところはほとんどが濡れ縁のようなものであり、その奥に白木の柱が並んでいる。池に眼を滑らせると、水面は波紋で揺れていた。水底へと降り注ぐ陽に、魚群が鱗の金をきらめかせている。
晴れた空へと声を張り上げるように、硬さを帯びた緑が突き上がっていた。
眼を彷徨わせていると、低いところを金色が過ぎった。すぐ先の曲がり角に、柱に凭れ、肩に衣を掛けて座っているらしい後姿が、半分ほど見えている。静けさにちらついた色彩は、そこにあった。
吸いつけられるように、脚が動いた。金色の傍らに立つには、数歩分をよろめいただけだった。
あらためて、それを見下ろしてみた。身に帯びている金色のすべてが、陽に透けていた。立ち尽くしていると、碧の目がこちらを映した。漣を立てることを躊躇うあまりに息を呑むことすらはばかれるような、凪いだ水面のような目だった。澄んだ碧が、陽を呑みながら、微笑をたゆたわせた。
「あなたがここに来てから、芽吹いた若葉が陽射しに艶めくようになるほどには、陽が沈んで昇ることが、何度か」
透きとおった流れに遊ばれる、水草のゆらめきのような声だった。
「あんた、は」
唇からこぼれ落ちていた己の声に、驚く。相手は何度か瞬きをすると、こたえをさがすように眼を泳がせた。
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