黒鱗01


 そこは水のなかだった。夜を薄めた青が満ちているような、宵闇に塗り潰されているような、水のなかだった。この足が踏み締めるものは何もなかった。それどころか、天井も壁も見当たらなかった。頭から爪先まで水に埋まっているというのに、肉を圧してくる冷たさはない。息苦しさもない。水に沈んでいるのだから、泳ごうとすることをせずにいるのだから、溺れてしまっていてもおかしくない。そうならないということは、おそらく、これは夢なのだ。
 夜を砕いたかけらを撒き散らしたかのような青だけが、ここにはある。降り重なって沈んでいる青は、ところどころで吹き寄せられたかのように溜まっていて。黒を呈していた。
青に透けている影のようなものが、判別できるようになってくる。細長く、水底に突き立っているのであろうそれは、柱だろうか。目印となるかたちをとらえることができるようになったことで、この身はゆっくりと下降していることがわかった。水流にゆらめく己の髪と衣の裾が、青に上塗りされながら白くたなびいている。裸足の指先が水底の小石に触れる。小石と泥を踏み締める。
どうやら底まで沈みきったようだ。
 面を上げてみると、この場所は道のようなものであるらしかった。拓けた細い筋の両脇に、壁の剥がれた家屋の骨組みが沈んでいた。かつては人里だったのだろうか。動くものの気配はない。
道の先に何かを見つけた。目を凝らしてやっととらえることのできるくらいのところに、すべてを塗り潰す青のなかにおいてなお、その色を密に凝らせた細長いものが浮かんでいた。
 あれは、いったい、何なのだろう。もっと近づいてみなければ、それが何であるのかをとらえることができないことはわかりきっていた。
水底を蹴ってみる。前に進むことができた。水底から少しだけ高いところを、水を蹴りながら、ゆったりと滑るように進んでいく。
 それは最初に見つけた時と同じ場所に佇んでいた。

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