鏃 02




僕の歩調に合わせて、熊よけの鈴が鳴る。
長袖で覆われた肌を、鋭い陽射しが刺してくる。地面が見えないほどに繁茂した笹が傾斜を埋め尽くしている。蔦に樹幹を覆わせた木々は、水気をふくんだ葉を茂らせて、陽に透かしている。陽が通るように手を入れられている山は、整然としていて、明るい。
踏み固められただけの登山道が、笹原を伸びる。
生い茂ることを謳歌するような、弾けんばかりに膨張した、夏山の艶やかな緑は目に刺さる。
 この登山における僕の目的は、ある石だ。来月実施されるフィールドワークの下見という、仕事の一環であるという名目を掲げて、僕の人生の行く末を気にかけてくれる親戚の集まりから逃れる口実にしていることを否定することはできない。
 目的地はまだまだ上だ。
膝下のあたりを、布越しに笹の葉先がくすぐった。立ちどまって帽子のふちを持ち上げ、行く先を仰いでみると、ここまで登ってきた斜面よりも樹木が密に並んでいる。緑陰という名の涼しさが手に入るかもしれない。
 うねりながら吹き抜ける風が、笹の海を掻き混ぜていく。
傾斜を横手に、折り返すことを繰り返しながら、道は山頂へとつながっていく。踏み固められた土の詰まった根の輪が、道に段を成していた。
密になってきた樹木は陰をつくり、射しこんできた陽は線となる。笹は疎らになり、苔や羊歯が目につくようになってきた。レインコートと金平糖の詰まった背の荷では、括り付けられた鈴が揺れている。頬を風は潤んでいて、湿った土は黒々としていた。あまりの緑の濃さに鋭利ですらある草の香が、水と土の香に混ざりこむ。水気を帯びた大気が体力を削いでいく。
幾度かの折り返し経たところで、視界が拓けた。

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