鏃 01


 初めて彼女を目にしたのは、潮風を遮る樹木の壁に花首ごと落ちる鮮紅が灯った海辺だった。
 沈みかけの陽がもたらす艶やかな朱に、すべてが染まっていた。枯れ草が風にざわついて、轟くような潮騒が上乗った。
 山より流れてくる淡水と打ち寄せる海水の合流点に、僕はいた。汽水のゆらめく河口の両岸には、角のとれた石ころと浜の砂が混ざった地面から伸びている背の高い草が、生い茂っていた頃そのままの佇まいで枯れていた。
海辺に咲き誇る鮮紅を楽しむために、僕は家族で遊びに来ていた。点々と落ちている打ち上げられた海草や中身のない二枚貝に惹かれていくうちに、僕はこの場所に辿り着いていた。
潮風に吹かれただけで折れ崩れるまでに乾いて脆くなった、細い葉と細い茎の密集するそこで、石の隙間に落ちていたそれを僕は拾った。

「呼ばれでもしたか?」

 貝殻のような白っぽい欠片を拾う僕への問いかけが、初めて聞いた彼女の声だった。
 彼女は忽然とあらわれた。灰色の日傘をさして、海を背にして、僕の傍らに立っていた。
 その頃の僕は十歳にもなっていなくて、曖昧な記憶のなかにあっては学校に通っていたかどうかもあやしいけれど、十代半ばほどの少女の容姿を持つ彼女のことを見上げたことだけは覚えている。
 夕陽のもたらす朱が、綯い交ぜとなった青と黄金に移っていく。夜を帯び始めた色彩を被せられても、彼女の纏う白は鮮やかだった。
遠くから、僕の名を呼ぶ姉の声が聞こえた。僕は姉の声が聞こえてきた方角に顔を向けた。視界から彼女の姿が外れる。
返事をしてから眼を戻すと、そこには誰もいなかった。
 それから幾度も季節は廻り、一巡するその度に海辺の樹木群は鮮紅の首を落とした。
 庭先に池のある家の前で、公園にある噴水で、用水路にかかった橋の上で、数ヶ月や数年といった間を空けて、僕は彼女と遭遇した。
日中であれ夜であれ、彼女は灰色の日傘をさしていた。彼女はいつも同じかたちで、前触れもなく現れ、同じことを訊いてきた。

「あいつ、何か喋ったか?」

 そう問われる度に、僕は首を横に振った。彼女の目に寂寞のようなものが過ぎった。繰り返される問答の、変わらない遣り取りに申し訳なさを覚える。だけど、再会を約束するそれが、すこしだけ嬉しかった。
 相手の名を知らず、会おうとしたところであちらから姿を現すことを待つしかない。
いつしか僕は、彼女の来訪を心待ちにするようになっていた。

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