沈め石 06



日傘のひとが現れた次の日、ぼくと叔父は山を登っていた。

「分け入るのをお願いするのが面倒じゃない山で助かったよ。さすがに私有地に勝手に入っていくわけにはいかないからさ」

夏山の濃緑が目に刺さる。朝露の名残なのか日々降る雨の名残なのか、あたりには土の香が満ちている。水をふくんで黒い土は、日陰において、そのぬかるみをもってぼくの足を滑らせた。山道はところどころ草に埋もれていたけれど、前を行く叔父は迷いなくそれを踏みなぞっていた。ひとつの標本小箱が入っている鞄を背負ったぼくは、叔父から離れないように足を速める。蒸した大気に満ちる草いきれが、薄地の長袖につつまれたぼくの腕にまとわりつく。
 前を行く叔父に声を投げてみた。

「どうして信じてくれたの?」

 歩を休めることも振り返ることもなく、叔父はこたえた。

「僕にもそのかけらの声が聞こえていたことがあるんだ。彼女のこと、彼女が僕に伝えろと命じたこと。それらをどうして僕に話そうとおもったんだい?」
「必死なように、おもえたから」
「彼女が? お願いをしたがっていたものが?」
「どちらも」

 山の頂は拓けていた。樹木を囲いとして、枯れ草と青草の交ざった窪地があった。枯れ草は、風雨に薙ぎ払われたのか、倒れ、千切れ、散らばっていた。ここに水が湛えられていたのならば、舟遊びができそうだった。

「山頂まで登ってきたけれど、これからどうすればいいのかな」

 耳を澄ましてみる。声が聞こえてくる。聞いたものを、そのまま、この唇から紡いでいく。

「目印があるはずだ、って」
「漠然としているね」
「いつであっても葉が落ちることのない木があるはずだ、って」
「常緑樹か。冬ならば目立ったのだろうけれど。とにかく、探してみようか」

 緑があふれかえっている夏山を、窪地の底から叔父は見回した。

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