沈め石 03
台所で一緒に夕食を作っていた叔父から、座敷蔵の窓を閉めてきて欲しいと頼まれた。
「天気がよかったから、窓を開けて風を通して、ついでに虫干しもしていたんだけれどね」
鍋で煮こまれているカレーを混ぜながら、叔父は曖昧な笑みを漂わせる。
「すっかり忘れていたんだ。夕立が吹きこんでいなければいいのだけれど」
廊下を抜けて座敷蔵に向かう。座敷蔵に近づくにつれて蒸し暑さが薄れていき、板張りの床は冷えていく。涼しさが増していくにつれ、廊下に満ちる薄暗さも増していく。
竹の香をふくんだ微風が足首を撫でた。座敷蔵の口である漆喰の扉はいつも開かれているから、廊下と蔵の普段の境は曇り硝子を嵌めこんだ引き戸だった。日暮れの黄金よりは赤い陽が、引き戸の隙間から廊下に射していた。蔵のなかを覗きこんでみると、真正面に裏の竹薮が見える。窓は全開だった。蔵のなかに足を踏み入れる。踏み締める畳はひんやりとしている。両の壁際には埃避けの布を被った茶箱などが積まれていた。窓へと進むぼくの道筋を途切れさせるのは、窓辺に置かれたテーブルだけだった。テーブルの上には標本箱やよくわからないものが並べられている。叔父が虫干ししていたのはこれらしい。それらは点々と濡れていた。雨が吹きこんでしまったようだ。
せせらぎのように竹葉がざわつく。竹稈と竹稈のぶつかりあう音が連鎖して、残響が重なっていく。夕立のもたらした雨の重みで撓んだのか、夕立とともに吹き荒れた風がしならせたのか、それまで傾いでいた竹が元に戻ったらしい。遅れてきた夕立のように水滴を落とす竹薮も、木箱の積み重なる座敷蔵も、夜の青が滲みはじめたからか、そこにあるものの輪郭はことごとく蕩けている。
雨戸を閉め、窓を閉め、鍵をかける。電灯を点けることを忘れてしまっていたから、淡くはあっても光のあることに慣れていた視界は、一瞬、真っ暗になった。
眩暈のようなぐらつきを覚えて、立ちすくむ。
「陽を遮るか」
落日と宵闇のあわいに聞こえた声は、なんだかとても不機嫌そうだった。
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