無題
公園を散歩していると、花壇に向かってお辞儀をしているひとがいた。そこは公園の隅っこで、陽当たりも悪く、人気はない。花壇とはいっても、崩れかけた煉瓦が埋もれかけていて、どうして手入れされないでいるのかが不思議なくらいに野の花が咲き誇っていた。いくら新緑の季節ではあるとはいえ、もはや花壇ではなく茂みだ。
そうこうしているうちに、そのひとの背後にさしかかった。極彩色が目を貫く。一粒のキャンディが繁茂する草木の根もとに転がっていた。先ほどのお辞儀はこれを置いた所作らしい。
「花壇にそんなもの置いて行ったら、怒られますよ」
そう声をかけると、そのひとはこちらを振り返り、首を傾げた。果ても底も知れない、星空のような目を持つひとだった。
「怒られますか?」
「怒られます。包み紙はごみになってしまいます」
「じゃあ、中身だけ」
「蟻が喜ぶだけです」
「でも、贈り物、歓迎されたみたいです」
星空の目が茂みに向けられる。
視界に白がちらついた。茂みの下で、細い棒のようなものが上下している。覗きこんでみると、茂みの奥にキャンディを運びこもうとしている、親指ほどの背の高さの、小さな白い人たちがいた。数人が懸命にキャンディを転がしている。その周りを、数人が手脚を閃かせながらくるくると踊っている。緑の蔭にちらつく白は、はしゃぎ声とも歌ともつかない音を撒きながら、楽しげに舞い遊んでいる。
「あれは?」
疑問のぶつけ先を求めて振り返った。だが、そこにいたはずの星空の目の持ち主は、影も形も見当たらない。
立ち去る気配も物音もなく、煙が掻き消えるように、そこには誰もいなくなっていた。
(無題/了)
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