紅紐02


「知らんな。そういうことになっているから、続けているだけなんだろうよ」
「ご存知ない?」
「あんたのとこがどうだか知らないが、ここのそれは、かなりの間、姿を見せないんでね。だから、あんたの言うところのあまい香を醸しているものは、この果樹園は――ここで採れる種は――守るだろうが、その他のことについてはわからない。あちらさんが目覚めるかどうか、それ次第さ。それに、順番でいうなら俺の方が先だ。喜ばれなさそうだが」

 夜の果てより男は眼を落とす。

「きっちり結ばれているものだ。ずいぶんと気に入られてるんだな」

 金髪を束ねる紅の髪紐を、男は見遣った。朱眦は目をしばたたく。

「そういうものですか」
「そういうもんさ」
「ぼくの何がそんなに面白かったんですかね」
「そんなの俺が知るはずないだろ。だが、あれらは総じて嫉妬深い。勝手に解けて消えちまったりしたら、それを結んだものが怒り狂って、それこそ、山脈ですら水に沈みかねん」
「それはまた気性の荒い」
「あんたの方が実感あるんじゃないか。俺は会ったことすらないが、あんたは直にそれに触れている」
「そのとおりではありますが、いくぶん、風に晒された骨が粒になるほどには昔のことなので。ただ、ぼくがこうしてかたちを保っているということは、まだ、彼女は在るのでしょう。概ね眠っているようなので、ぼくはこうして気儘に各地を歩き回ってますが」
「なら、なおさら、その結びは解いちゃいけないな」

 男の断言に、それまで朱眦の纏っていた、流れ続ける水に手首をひたしたような、まろやかな抵抗と冷えた静けさが、揺らいだ。樹木を撫でて走る風が、蒼衣の両袖と被いた薄布を大きくはためかせ、紅に束ねられた金糸を散らし、白磁の頬に滲んだ困惑を押し流す。
 男の唇が笑みを刻む。

「あんたを結んでいるそれは、おそらく、在るのだろうが」

 融けた鋼の滴るような声音に、わずかに唇をあけて、朱眦は男を見つめる。

「俺たちを縛るそれは、今も、在ると思うか? 消失したのではなく、ただ、眠っているだけだと」

 招かざる闖入者に投げかけられる音は、懇願とも諦念ともつかない響きを残し、川の水音に霞んでいく。男の唇は笑んだかたちのままそこにある。それを映す、かすかに鋭さを帯びた碧の目は、一度、瞼で隠される。金の睫毛が月光を弾き、蓬髪の男を碧が射抜いた。

「時が満ち、流れを昇り、この地に鱗を光らせ跳ねるのならば」

 帰結を定めぬ音だけが、月影に砕けていく。

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