紅紐01


 その水の流れには、薄絹のような月影をそのものとする穴が映っていた。夜空なる目が覗きこむ洞の底に広がっているのは、川の流れる果樹の園。草木眠る地の底を、姿の見えぬ天の月が、その光をもって濡らしている。
手入れの行き届いた果樹の根もとに、手入れの行き届いた枝振りの影が落ちている。月の足取りに合わせて影は伸縮し、重なり離れ、黒を刻む。花と果実の境の時節、肌触りのよい風が地を抜ける。樹木を写した影の網に、天幕を広げるがごとく、薄闇のような淡い影が重なった。

「廟とも呼べぬ破屋だが、客人をもてなせぬほどでもない」

 かろうじて雨風を凌げるほどの破屋から、男の声が響く。

「もっとも、客人を呼んだ覚えなどないわけだが」

 億劫そうに破屋から出てきた男は、雪あかりを縒ったような蓬髪を揺らしながら、薄影をもたらしたものを見据えた。

「あんた、迷子か?」

 男の眼の先で、問われたそれは首を傾げてみせた。水と果樹の香を孕んだ風に、長い金の髪が散らばり、被いた薄布が蒼衣を包んで広がる。陽を厭うのか、白磁の肌は透けかけていて、碧の目はどこか色が薄い。朱の眦を細め、子供のかたちをしたそれは男を見返す。

「あまい香がします」

 男は顔をしかめた。男は破屋の中で眠っている銅の目の子供を脳裏に浮かべたが、招いてもいない客人に見えるはずもない。

「やらんぞ。おまえのじゃない」
「そうではなく」

 朱眦はかぶりを振る。

「ここの御方は、それをお好みになるのかと」

 そういうものであると確認しただけの、称揚も侮蔑も含まない声音に、男は洞の目を仰いだ。

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