異装と亡霊01


 片頬から細かな振動が這いあがる。鋭くはないものの優しくもない震えが、ぼくの肢体を小刻みに揺らす。そのゆさぶりが、泥濘に沈んでいくような眠りから、ぼくを引き剥がした。
 落としたままの瞼を貫く光は淡く、斑で、定まることなく通り過ぎていく。なんとか瞼を抉じ開けて、夢をすら呑んでいた眠りの淵から這いのぼる。まず目にしたのは車のシート。できるだけ首を動かさずに眼を廻らせると、煤けた白の外套にくるまったぼくが、夜の街を走る車の後部座席に横たわっているということがわかった。
 石造りの堅牢な建物にいた覚えはある。倉庫街からその建物まで、ぼくは母と一緒だった。建物に入ると、この外套を羽織らせてくれた大人によって、母はどこかに連れて行かれてしまった。ひとりになったぼくは、廊下の椅子に腰掛けて、天井を走る配管と配線を、眠気に誘われながら眺めていた。だけど、車に乗った記憶はない。眠ってしまったぼくを、誰かが車に乗せたのだろうか。ならば、それは誰なのだろう。

「お目覚めですか?」

 穏やかな老人の声が、運転席から投げかけられた。

「お父上が、お迎えするように、と」

 ぼくは目をしばたたく。ぼくがその老人と会うのは初めてだった。だけど、父は手の空いた自社の誰かを母の迎えとして――ぼくは母に付属するものであったから、母の迎えというのは即ちぼくら母子の迎えとして――寄こすことが多かったから、父の遣いを名乗る顔はいつも違うものだった。だから、父からの遣いだという老人の言葉とこの現状を、ぼくはすんなりと受け容れた。車に乗っているのは遣いたる老人とぼくだけだったけれど、ぼくだけを父が呼ぶということはありえなかったから、連れられた先には母がいるのだと、漠然と信じていた。

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