道化と偽王01
大地そのものである枯れ草と土を鎖した氷が、やわらかな陽に煌いていた。乾いた空は晴れ渡り、澄んだ薄青が淡い陽を揺籃している。荒野を走る石畳の道は、ゆるやかな傾斜をもって低地へと繋がり、蛇行する川に抱かれた街へと続いていた。
街を見下ろす荒野の道は、過ぎ去った時代の服飾と色彩で溢れている。道に並んだ楽隊は勿論のこと、豪奢な衣装と仮面で日常を塗り潰した街の住人と見物客が、道の両端でざわついていた。
頬を刺すような冷気のなかで、すべての季節を集めたかのような果実と穀物とを積んだ曳き車の中央にある高い背凭れの椅子に、大仰に脚を組んで、顔の上半分を黒の仮面で覆った道化が腰掛けている。葡萄や麦の穂の隙間を飾る白と黄の花冠は、稔りの海に散らばった宝石のようであり、道化の纏う夜のような黒を映えさせた。終わった季節の収穫であり、これからの豊穣の先取りでもある稔りに埋もれて、白手袋の指先をもって、道化は懐中時計の文字盤を撫でた。仮面の奥にある星屑のような黒の目が、廻る秒針を眺めている。時計の針がある時刻を廻ったその時、道化は懐中時計の蓋を閉め、空高く放り投げた。装いのそこここに縫いつけられている鈴が、涼やかな音を奏でる。道化は片手で果実の山に挿していた杖を引き抜き、片手で椅子の肘掛けを掴み、踵のない靴の裏を空に晒して跳躍した。懐中時計は座る者のいなくなった椅子に落下し、中空で身を一転させた道化は楽隊の前へと着地する。一筋だけやや長い漆黒の髪を鳥の尾のように靡かせて降り立った道化の、白皙の肌に筋引かれた蒼の唇が吊りあがる。
「昼における理の瑕疵は、夜における奏上の糸口」
男のものとしては高く女のものとしては低いすべらかな声音が、鈴の残響に重なりながら蒼の唇から流れ出す。
「境面の裂傷そのものをもって、地を這う者の声を昇らせ、贖いを成そう。規律を裁断し、夢想に狂い、混乱を組みなおそう。ちぐはぐな昼夜を縫い合わせ、天穹の傷を繕おう。薔薇たる肉に頭を垂れ、新たな刻に豊穣の約束を」
淀みなく口上を歌いあげながら、四方に向けて、道化は芝居がかった辞儀を繰り返す。その度に鈴がはしゃいで笑う。陽気な喧騒を撒きながら、しなやかな反転をもって、道化は街へと歩を向けた。
川を縁として隆起したような地勢の街は、高地のところどころに針葉の緑を茂らせている。青灰とも白ともつかない石材で造られている街並みの、川に沿って湾曲した丘に重なるように、尖塔と天穹の先端が突き出ていた。天を掴もうとしているかのような街の中心となる建造物を、道化は杖で指し示す。
「では、祝祭の幕をあけようか」
鳥が滑空するように、兎が跳ね回るように、道化は街へと進み始める。楽隊が道化を追いかける。横笛の音が、爪弾かれた弦が、空を裂く。道端を埋め尽くす人々から拍手が湧く。木製の大きな車輪が軋みをあげた。人々の海を収穫を積んだ船が滑り出す。花と果実に埋もれている椅子の上では、壊れた懐中時計が螺子を散らしていた。
<道化と偽王 抜粋1>
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