落涙と非番 01


 街を囲むように蛇行する川は、夜そのものの色をして、弾き返した街の灯で着飾っていた。ゆるやかな流れに瞬く灯火は、漣に明滅する艶として、夜と融けた川面でさざめいていた。煌きが遊ぶ表層は、川には深さがあるということを、見る者の印象から忘却させる。平坦な面に飛び交う光は星座図のようで、昇りかけの月は欠けゆく姿の写し身を川面に落としている。さざめきに歪められた月光は砕けて散じ、街の灯の反射と混じり合い、無数の光の欠片となって、はしゃぐように踊っていた。
 水面の弾く街の灯が、ひとつ、またひとつと消えていく。祝祭は終わったのだ。人々は明日に備えて眠りに就かねばならない。ゆったりとした流れで遊ぶ光が、ひとつ、またひとつと消えていく。街を満たすのは静けさだ。さっきまでの騒がしさはどこにもない。川面でゆらめくものが月光だけになった頃、水の中、上流から流れてくる炎があった。遠目であることを差し引いても炎は人のかたちをしていて、平坦でしかなかった水流には奥行きがあることを、水底があることを、俺に思い出させた。炎でできた頭と胴と四肢が、透きとおった水の流れを蓋として、浮き上がることも沈むこともなく流れてくる。泰然と流れてくるひとがたの炎は、近づいてくるにつれ、その巨大さを誇示してきた。
 水中で燃え続けているのは、松脂に浸した木材と藁で組み上げられた、巨大な人形だ。その昔、この街を騒がした放火魔を模したものが、この人形であるとされていた。俺はこの街の生まれではないし、さして街の歴史に興味があるわけでもないので、逮捕されたそいつがこの人形と同じように炎ごと川に棄てられたのかどうかは知らない。だが、俺の知る限り、祝祭のたびに人形はつくられ、燃やされて、流されていく。
 あの時、俺が川沿いの倉庫街にいたのは偶然でしかないし、だからこそ、水に放り投げられてからは見向きもされない祝祭の残滓のようなそれを、まじまじと見ることができた。
 人のかたちをした巨大な炎は、足裏を下流に向け、俺の前を流れていく。かたちの際を舐め続ける炎は、ひどく鮮やかに、水中で揺れ踊っていた。炭化した藁が炎に纏わりつき、泡のごとく浮上して、水面にこびりつく。今までかたちを崩すことなく燃えていたひとがたが、唐突に、ふたつになった。水に鎖されたまま、炎でかたちを保ったまま、胴から離れた首が、流れるままに胴を追い抜いて、先遣りのごとく遠のいていく。
 そんなことを聞きたいわけではない、といった顔をしているな。そうは言っても、あの時、俺が倉庫街にいたのはただの偶然だぞ。もうちょっと途中経過を詳しくと言われてもなぁ。じゃあ、がんばって思い出すことにするから、その間に珈琲でも準備してこい。いくらここが職場で、いくらここを見慣れているといっても、どうやったって殺風景なんだよ、ここは。カメラは回ってるから大丈夫ですよ先輩、って、どこをどう安心すればいいんだ。これはただの事情聴取だろう。尋問じゃあない。いつになく機嫌が悪いって? あのなぁ、このところ忙しかったせいで無理に取らされたたまの非番にこれだぞ。しかも聴取される側だ。不機嫌にならずにいられるか。ああ、そんな顔をするな。何があったのかはきちんと話すさ。ん、せっかく祝祭の日が非番だったのに、たとえ理由が事件に巻きこまれたかもしれないというものであっても、約束を反故にされて文句を言ってくれるような相手のひとりもいない先輩が憐れでならない、だと。後輩よ、殴るぞ。おお、珈琲ありがとうな。なんだ。机に脚を載せるなだと。珈琲とお前に書きこまれるのを待っている書類しか載っていないなんて、それこそ机が可哀想だろう。俺は眠いんだよ。なんならこのまま椅子に座って寝てやるさ。と、待て。椅子とは座るためのものだ。武器じゃない。笑顔で今まで座っていた椅子を振り上げるな。わかった、話す。何があったのか、きちんと話す。だから席につけ。そして調書を取れ。頼む。
 さて、落ち着いたか。ええと、どこから話をしたものかな。

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