琥珀の爪01


 月が宙にいなくなってから、海は潮の周期を欠いていた。月は姿をくらました。夜空は月光を失った。狼が月を食むこともなくなった。安らかさを忘れた海は母を喪ったかのようであり、暗闇の帰還した夜は母を取り戻したかのようだった。にもかかわらず、夜は薄ぼんやりと明るかった。明けることも沈むこともない白い夜が、うずくまるように、漂っていた。
 すぐ傍で枝の折れる音がした。乾いていて、軽やかであり、血と肉が握り潰されるような、ひどく頼りない音だった。脊椎を震わせるそれはおぞましく、それでいて晴れやかさをもたらすものだった。
 背中から翼のようなかたちの枝が生え始めたのはいつのことだっただろう。月がいなくなる前はそんなものなかった。覚えているのはそのくらいだった。
霜枯れの枝は零れおちていく。かよわい日光に、背中の羽根のかたちをしたものは育ち切れずに萎れ、枯れ果て、折れていく。それでもまだはえてくることはやめない。折れたところで痛くはない。ただ、白い水のようなものが折れた傷を塞ぐだけだ。血管を流れているのは血液ではなく樹液なのだろうか。なんにせよ、僕の背にあるものは諦めが悪く、いぎたなく、無様だ。

「僕そのものでもあるまいし」

 白夜にたゆたう脆い光が、僕の指先にある爪のかたちをした琥珀を輝かせた。

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