The tail of Merrow 03
かろやかな鳴りを撒きながら、糸車が回っていた。昼の陽のなか、傍らの卓に水差しを置いて、真珠の肌の女は糸を紡いでいる。糸車の向こうから、朱金の髪の少年が身を乗り出してきた。若葉色の目を輝かせる少年は、白皙の頬を薔薇色に上気させて讃美をばら撒く。
「彼女はとても素敵なんだ。どれくらい素敵かっていうと、彼女が瞬きをするだけで世界が歓喜に慄えるくらいさ。彼女が笑えば空をも虜にするだろうし、彼女が歌えば小鳥たちは柱を踏み台にして空高く舞い上がるだろう。彼女が涙を零せば雨粒が彼女を慰めるし、彼女が叫べば大地すら裂けてみせる。色彩そのものが彼女の裡に源をもっているのさ。彼女こそが光の源なんだ。何より最高なのは、そんな彼女がぼくを好きだといってくれたことなんだよ。最初は彼女が錘を巻いたり網を繕ったりしていた時に悪戯していただけなんだけどさ。一度ひどく怒らせてしまったことがあって、しばらく遊びにいくのを控えてたら、次に会った時に寂しかったっていうんだ。耳を疑ったよ。それからは毎日のように通ってるんだけど、旦那さんが漁に出てていない時だけ逢えるっていう約束だから、ずっと一緒にはいれないんだ。そこだけが不満かな」
糸を紡ぐ手を休めずに、女は苦笑した。
「あまり度がすぎると司祭を呼ばれるかもね」
「そんなはずはないさ。あんなに嬉しそうに迎えてくれるのだから。ぼくのことを追い払ったり痛い目に遭わせたりしないよ。やはり恋って素晴らしいね!」
狂喜に慄く少年の巻き毛が陽を弾く。女は糸を紡ぐ手を休め、喉を反らして水差しの口から水を得た。冷たく透明な流体が音を立てて嚥下される。女は水差しを卓に戻し、濡れて鮮烈さを増した朱唇を舐めた。少年は腕を組み、頬を膨らませる。
「ちょっと、聴いてる? せっかく君の数少ない友人が話し相手になってあげにきてるのに。陸にあがった人魚の君なら、ぼくのはなしはよく解るだろ。かくも無上にして至尊の愛なる――」
少年の陶酔は板戸を撥ね開ける荒々しい音に塗り潰される。驚愕をもって女は背後を振り返った。糸車が空転する。潮騒が近くなる。灰色の陽が輪郭をぼやけさせる。かたちの蕩け果てた景色に、肩で息をする来訪者――女の夫である船乗りの同僚の妻――の影が鮮明に刻まれた。
来訪者は告げる。
「あのひとたちの船、沈んだって」
海原を走ってきた西風が吹きこむ。糸車が空転の速度を増す。灰色に霞んだ世界はうねりを増した潮騒に溺れていく。
<人魚のはなし 抜粋3>
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