かみさまのみがわり(企画)


「光あれ」

 神様のその声が、世界というかたちをもたらしたとするのなら。


 全国模試で――底辺的な意味で――そうそう取れないような偏差値を華麗に叩き出すとか、バイトで阿呆みたいな失敗をして店長を怒らせたとか。何もないはずの歩道で派手にこけて通行人に踏まれるとか、急に降り出した雨が瞬く間に土砂降りになったのに傘も雨宿りできそうな場所も無いとか。以上、現在進行中の本日の出来事。

「ツいてないにも程があるだろ、俺」

 足を停めて見上げた空には雨雲と雨粒。黄昏に沈む住宅街は灰色と言うよりは夜色で、頭上に凝る掬えば滴り落ちそうな透明な黒とアスファルトを抉らんばかりの透明な水の球が織り成す世界は、雨色と呼ぶがふさわしい。
 雨音がひとの息づかいを覆い、雨粒がひとの気配を潰す。雨色一色の世界はなんだか平坦で、他の色彩など見当たらない。
 吸いこんだ大気はあまりに潤い過ぎていて、喉につかえて噎せ返りそうになった。街が雨に溺れているように俺も雨に溺れているのか、うまく息ができない。
 目に見える基準に達することにどれだけの意味があるのか。そんなことは考えるだけ無駄だ。少なくとも、そこに達しない限り、俺の話をまともに聞いてくれるひとはいないだろう。物事を巧くこなせることにどれだけの意味があるのか。そんなことは考えるだけ無駄だ。巧くこなせることが当然なのだから。
 不器用者の存在が無意味なら、いっそのこと世界から排してくれないか?
 雨色がすべてを呑み尽くす。俺と世界の境界は曖昧になって、透けて融けて霞んでゆく。
 感覚のすべてが雨色に染まった時、

「なにしてんの? 風邪ひくよ」

 響いたのは、聞き慣れた声。雨音に閃いたその彩りは、ずぶ濡れになって立ちすくむ俺の平坦な世界に輪郭をもたらしてゆく。




「折り畳み傘ぐらい持ってなさいよ」
「遠慮すんなって」
「遠慮するのはあんたでしょ、て、離れろ濡れる」
「いいじゃんアイアイガサ。恥ずかしがんなよ」
「…」
「どした?」
「傘返せ」
「マジ?」

 お前の声が、その存在が、俺に俺というかたちを与えてくれるから。

「抱きつくな、バカ」
「放すか」
「は、な、せ、よ」

 そう簡単には、手放したりしない。


深海恋愛さま提出
お題/かみさまのみがわり

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