「バカな子ほど可愛いって言うよね」(企画)


下校途中の坂道で、そいつは急に立ちどまった。
夕方であっても陽は鋭く、夕立になりそこねた湿気がなまぬるい。
そいつは道端にしゃがみこんでしまったので、俺も仕方なく歩をとめた。ひいていた自転車が軋みをあげる。散歩中に駆け出した犬のリードをひっぱるような抵抗が、手のひらを蹂躙した。
なまぬるい大気は水槽のようで、停滞する暑さに喉がつかえる。喘ぐようにしかできないでいた呼吸は、肌をかすめてゆく気流によって幾分か楽になった。風とも呼べない流れが、汗ばんだ肌に絡みつく。
蜩はまだ鳴かない。アスファルトには陽炎。しっとりとした草いきれ。長く伸びる黒い影。
自転車をひいて、俺はそいつの背後に立った。制服のスカートが乾いたアスファルトに円を描いている。
不思議なものを見つけた、とでもいうように、地面を見つめたまま、そいつは言った。

「終わっちゃうのは、生き損なう、ってこと?」

突然、何を言い出すのか。
そいつの目線を追ってみると、アスファルトの上に蝉が仰向けに転がっていた。
俺には寿命を全うしたようにしか見えないが、そいつにとっては違うらしい。
永続こそが、前提であるかのような物言いだ。だから、断絶は理解できても衰退は理解できないのだろう。
存続を全うすることのできる個体は、やがていきものとしての仕組みにガタがきて、ゆるやかに消えていくというのに。
尚も首を傾げているそいつに、俺はため息をついた。

「バカな子ほど可愛いって言うよね」

きょとんとした顔が、俺を見上げる。

「とりあえず、俺には君がとてつもないバカにしか見えないから、すごく君は可愛いのだけれど」

俺の言葉を咀嚼していたのだろう。ゆらゆらしていた目が焦点を結び、一気に頬が赤くなる。そして、そいつは首がすっとびそうな動きでそっぽを向いた。

「趣味悪」
「だって、君、うっかり生き損なっちゃいそうなんだもん。バカだから」

からからと俺は笑う。
さっきまで照りつけていた陽は、いつの間にか翳りを帯びていた。油蝉の鳴き声に、蜩のそれが混じる。渦を巻き始めた大気が、空に蓋をするような蝉の声を吹き散らした。
ほら、変わらないものなんて、何もありはしない。
だからこそ。
その身が永続すると勘違いしているバカな君を、続くという事象に、縫いとめて、繋ぎとめて、枷にはめて――。


そばにいる
(それは、単なる手綱であり、執着)



世界が丸い理由。さま提出
お題/「バカな子ほど可愛いって言うよね」

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