twitter的お題消化5


呟きお題
■ビリージョエルのピアノマンを聞いて物語を書きなさい(歌詞そのままはダメ、でも歌詞と矛盾があってもダメ)■
参考動画→http://youtu.be/iF4gBU8O_ow


閑散とした道を風にもてあそばれたゴミが撫でていく艶やかな夜。場末の酒場は紫煙に塗れ、ピアノの旋律と歓談のざわめきが絡み合って転げ落ちていく。
カウンターを背に、グラスを手にした男が、ピアノの上に組んだ腕を置いた。ぼんやりとした仄暗い光に、濃淡をゆらめかせながら紫煙が漂っていく。唐突に音楽が断絶した。腕を軸に身を傾げ、男はピアノ弾きに声をかける。

「兄ちゃん、どうしてこんなとこにいるんだ? あんたの腕なら、大ホールで演奏するも、夢じゃないだろうに」

呂律の回らない、酒に焼けた声が床に落ちた。ざらついた音がかたどった意味に、ピアノ弾きは苦笑する。

「それこそ、酒の見せる夢ですよ」

男は豪快に笑った。昼を忘れさせる安酒は、酩酊によって美酒となり、二日酔いと引き換えに一時の夢心地を与えてくれるのだろう。鷲掴みにしたグラスを持ち上げ、男は酒を舐める。

「あんたはどこかへ行きたくないか?こんな穴倉、抜け出して、さ」

ピアノ弾きは曖昧に首を傾げた。

「あなたは?」
「金でも石油でも掘り当てて、いつか、この街を出て行くさ。身ぐるみ剥がされて転がりこんできた野良犬だ。骨付き肉をくわえて抜け出してやるよ」

男は肩を揺らす。

「あんたは?」

ピアノ弾きは肩をすくめた。薄い身体を包むくたびれたスーツには煙草の匂いが染み付いている。小休止にと酒を舐め、ピアノ弾きは窮屈な店内を見渡した。

「ここは、居心地がいいので」

雑然と、まとまりもとりとめもなく、酒だけで繋がった人々が店内にはひしめいている。話をしていても会話をしているわけではなく、相手の顔を目に映してはいても見てはいない。騒音と薄暗さに塗り潰されて、それでも楽しい酒が酌み交わされていた。

「ひとりひとりがばらばらで、孤独で、無関心で。それでも、酒と煙草に吸い寄せられて、ひとつどころに集まっている。ここでは、お喋りも他人もピアノも、なにひとつ繋ぎとめられることはない。あってもなくても同じ。それが、私には、とても心地よいんですよ」
「寂しい奴だなぁ」
「優しいじゃないですか」
「うん?」
「在るだけでいい。在ろうとしなくていい。それを許すこの街は、とても優しいですよ」

男の顔から表情が抜け落ち、やがて、呆れたように唇を歪ませる。ピアノから腕を放し、肩越しに背後を見遣りながら、男はグラスを傾けた。

「一曲、弾いてくれ」
「ご希望は?」
「あんた、ピアノ弾きだろ? 何でもいい、任せる。あぁ、でも、懐かしい曲がいいな」

淡く微笑しながら、ピアノ弾きは瞼を落とす。

「かしこまりました」

吸い寄せられるように、ピアノ弾きの指は鍵盤に触れた。この窮屈な酒場が世界のすべてでもあるかのように、男はざわつきに身を委ねる。ぼやけた光と酒の匂い、紫煙と無関心さに覆われたささやかな夜に、ピアノの音が弾けた。


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