白の世界に呑まれて消える(企画)


 月光が夜を裂き、樹氷が煌めきを撒く。

「何もいない、か」

 氷に鎖された森は、透明と白で満ちていた。

「狩られる側であることを忘れるほどに?」

 結晶めいた夜を砕くかのように、大気が滑る。雪原を撫でる風は、地に凝った白銀より粉雪を巻き上げ、森に佇む少年のアッシュブロンドを揺らした。
 氷を凝らせたかのような少年の目が、地を埋め尽くす白銀を見つめる。金とも銀ともつかない彩りを撒くその目には、燐光の湧き立つ白だけが映っていた。

「ここからは、見えないだけさ。とざされているように、見えるだけ。その実、とてもにぎやかだよ。眠っているものたちの傍らで、起きているものたちは忙しなく走り回っている。土というのは、存外にあたたかくてね」

 ここで、誰かの声を聞くように、少年は押し黙った。
 やがて、少年の口の端が吊り上がる。

「生きている?」

 冷気に色を失っている唇から、吐息が零れ、白く流れた。

「在るだけさ」

 夜が砕ける。白銀が世界を覆う。吹き上げられた細やかな雪が、吹雪のように、少年を塗り潰した。
 少年は、目を瞑り、腕で顔を庇う。
 雪の軋みが、静寂に沈んだ。風の名残の粉雪が、月明かりを弾き、煌めきの氷柱を成す。
 ゆっくりと少年は腕をおろした。
 少年の銀星石のような目が、白銀を見つめている。

「知ってる」

 先ほどまでと同じ声が、先ほどまでよりも幼い音律を紡いだ。
 少年の傍らには、いつの間に現れたのか、狼が寄り添っている。首をもたげた狼の目は、氷をかためたかのような、金とも銀ともつかない彩りを呈していた。
 森の獣を統べる王は、狼のかたちをした精霊は、そうしているのが当然であるかのように、少年の傍らに佇んでいる。

「狩る側であることを忘れるほどには」

 白に呑まれた世界に、少年の声だけが鳴り響いた。



白の世界に呑まれて消える
(氷雪と土の間に溢れる、いのちも、息吹も――)



神月さま提出
お題/白の世界に呑まれて消える
作者/さきは



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