棘のついた造花(企画)


 昼下がりの喫茶店、テーブルを挟んでの向こうの席。気のない様子で窓の外を眺める君を前に珈琲を啜る。
 道行く人々を映す君の目には、賞讃も侮蔑もなく、ましてや羨望や憧憬がたゆたうわけでもない。迎合する気配は微塵もなく、傍観と形容するには好奇心がちらつき過ぎているから、あえて言うなれば、それは観察者の眼といったところだろうか。

「いのちはおもい、と」

 道を行き交う大勢のいのちを眺めながら、かすかに口の端を吊り上げて君は嗤う。

「そんな戯言に付き合う気はないよ」

 自明であるのなら、なぜ、声高に繰り返す?
 言外に踊る君の疑問は珈琲の芳香に融けてゆく。僕の鼻腔を擽るそれは、香ばしく、苦い。

「生き抜くことにしか興味はないくせに」

 終わりが欲しいわけでもなく、続きを得たいわけでもない。そこに咲いたのは、無難な立ち位置を転々としながら無難に日々を送る誰かの失笑。

「両立しない現象を謳いながら、そこで護るとしたものを踏み潰さなければ存在できないくせに。優越を前提とした憐憫を抱かなければ酷白である、と、どちらが残酷なのかも判らないような願望を掲げて、それを抱かない者を弾き出す、そんな生きものの戯言になんて」

 矛盾を呑みこめないことを潔癖と定義するのなら、君は間違いなく潔癖で、それでも無難に立ち回ることができてしまうから、傍からは綺麗に笑えているようにしか見えない。呼吸する度に――周りにではなく自らへの――苛立ちを募らせているのであろう君の、その在り方は、ひどく刺々しいと思う。

「僕らは同類かな?」

 戯れに問いを投げてみた。
 道行くいのちのひとつが欠けたとて、おそらく、僕は気づかないし、気づくつもりもない。それを残酷だとひとは言うのだろうけど、所詮、日々の生存は競争であって、富や名誉と呼ばれる類のものがその副産物でしかないとするのなら、僕にとっての他者などそんなものだ。

「喪われることは悲劇かな?」

 僕を見つめてくる君の唇が問いを紡いだ。よく知っているはずの君が、僕の知らない顔で笑う。傲慢ではなく不遜、可憐ではなく艶然。そんな君の微笑なんて見たことがない。見たことはないけれど、こういう笑い方もするのかと、疼く程度に心が躍る。
 それはまるで、ひとつのいのちが造り出す、数多の蕾の咲き零れる様を目の当たりにしているかのようだった。
 君の笑顔のすべてがつくりものであっても、君の言葉のすべてが嘘であっても、僕が君に抱いているこの感情が勘違いであっても、そんなことはかまわない。
 それでも。

「君がいなくなるのなら」

 街に満ち溢れるいのちのどれかではなく、他でもない君を喪うのなら。

「僕にとっては、悲劇だよ」

 珈琲を啜りながら、上目遣いに君を窺う。迷惑そうに眉根を寄せて窓の外に眼を転じた君の目が、少しだけ、和らいでいるような気がした。



棘のついた
(それは、終わり気味な僕らの恋愛論)







終末恋愛さま提出
お題/棘のついた造花


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