泣いたカラスがもう笑った


森の水辺で琥珀の腕輪が揺れていた。水に沈んだ男の腕を、落日の煌めきが染め上げる。清流に半身を浸した年若い男は、背を汀に預け、仰け反った喉を夕陽に曝していた。陽光を縒って紡いだかのような、褪せて縺れた金の髪が、男の面に絡まっている。均整のとれた彫像めいた身に纏う衣はしどけなく乱れ、水没の四肢を浚う流れを孕み、緩慢にたゆたっていた。
花冠や花無果の環が、時折、清らかな流れに浮き沈む。
男の傍らに、白銀の鴉が降り立った。平坦な灰色の目が、さざめく朱金に潰れた男の骸をとらえ、艶を増した。汀に脚を浸し、鴉は身を屈める。水に弛んだ蝋の肌を、鴉の嘴が裂いた。破れた薄膜を水が浚う。こわばった脂の白を、白の層に隠れた赤黒の筋を、鴉は引き出し、啄む。肉を嚥下するために反らされた首が、薄暮と宵闇の境にある華やかな昏さに晒された。白銀の羽毛に飾られた首筋が嚥下にひくつく。薄くひらかれていた嘴が結ばれる。灰色の目から泪が落ちた。
泪をこぼす白銀の鴉は、夜に傾いだ夕闇に溺れながら、蒼ざめた肉を啄み続けた。いつしか森は夜に染まり、影そのものたる樹木が獣の遠吠えにざわつきだす。至上の葬送であるかのように、鴉は男を啄む。白銀の羽毛は濡羽の黒に染まっていく。

「見つけた」

天球が囁くような、玻璃の鳴りめいた音律がふるえた。首をめぐらせた鴉の黒の目に、金の弓を携えた女がうつりこむ。腕輪の琥珀を揺らしながら、女は鴉の傍らに膝をついた。同じ腕輪をはめた彼らは、そのかたちにおいて相似だった。男の頬に手を伸ばす女の肩から、月光を縒って紡いだかのような銀の髪が零れた。

「こんなところまで流されてやってるなんて、この子も人がよすぎるわね」

銀の睫毛に縁取られた青玉の目が鴉を見遣った。

「あなた、この子が負わされた罪禍を喰らったの?」

白と赤黒で嘴を染めた鴉が、潤んだ黒の目をもって、女を見返す。夜と同じ熱に融けた鴉の、蒼白なだけの頬を、涙が伝った。ほのかなあたたかさをもって、女の唇が冷笑を刻んだ。

「とんだ忠臣ね」
「主は無垢なる御方でした」
「しっているわ、弟だもの」
「だからこそ、人々の祓いのために主が負わされた罪禍を、わたしは浄めさせたりはいたしません。主を贄として救われようとした者たちの、主のものではない罪禍を、消失などさせない」

鴉の炯眼が夜に灯る。やわらかな微笑を夜に隠し、繊手をもって、女は鴉の黒髪をすく。

「あなたみたいな遣いを持っているなんて、妬いちゃうわね」

女の唇が少年のやわらかな頬をたどり、その涙を掬った。

「ねぇ、うれしい?」

夜に沈む男を一瞥し、女は瞼を落とす。

「わたしたち、こんなにも、あなたを愛しているのよ」

鴉の嘴を女の唇が啄む。女の銀髪に色彩が揺らぎ、収斂し、黒に潰れていく。微笑を湛える青玉の目が黒燿に喰らわれる様を目の当たりにしたその時、あどけない鴉は穏やかに口の端を吊り上げた。


(泣いたカラスがもう笑った/fin)

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