力と記憶


 何とかミズチが落ち着きを取り戻してから少しして、テントに入ってきたのはファイラだった。痛々しい姿で身を起こすレイルを一瞥するとテントの隅に腰を下ろし何を言うでもなく静かに居座る様子に言葉を掛けるでもなく、シグレは不安に似た感情を顔に浮かべた。
 レイルが目覚める少し前、ファイラに告げられたのは負けを認めた自身の力を渡すという事で。それはファイラの命をシグレに渡すという事と同意義であるという事。その事がずっとシグレの中で引っ掛かっていた。
 そうしなければ本当に力は得られないのか?本当にそれ以外に方法が無いのだろうか。考えても考えても、シグレには答えなど見付からなかった。所詮、別世界の人間なのだ。と、どうする事も出来ないのだと。そう自身が思い知るだけだった。

「ねぇ、これからどうするの?力を譲渡する、って事だったよね」

 不意にミズチが尋ねる。何とかファイラとの戦いには勝ったものの、その力を譲渡する術を知らないのだ。投げ掛けられた言葉に口を開いたのはファイラだった。

「私の力をそのまま譲渡するのは簡単だ。その前にシグレ、お前と契約を結ぶ必要がある」
「契約?ファイラとあたしが…主従的なそういうのん?」

 契約と聞いて思い浮かんだのは、まずは主従となる事。次いで、ゲーム等で言えば召喚する為の、といったものだった。どちらにせよ力を受け取れるのであればそれで問題無いのだが、ただ主従や召喚の契約をしただけで力を受け取る事になるのか。今度はそういった疑問が浮かぶ。

「違う、私の命を受け取れる体にしなければいけないだろう?精霊の力は人間の魔力とは全く違う物。受け取るにはまず、お前の体を私という存在に順応させなければならない。その為の契約だ」
「と、言うと…あたしがこの世界の事を刻まれたみたいに、ファイラという存在を理解する為に契約する、ってこと?」
「そう言うことだ」

 言われて、シグレは小さく唸った。契約の意味は理解した。理解はしたが、命を受け取れる、という部分には受け入れ難い響きを得たのだ。やはり、ファイラの力を貰う為にはファイラの命を奪わなければいけないのか、と。

「その、命を…ってのは、それをせなファイラの力を受け取れんの?絶対」

 問い掛けながら、ファイラの顔色を伺う。もし、他にも方法があって、それをファイラが知っているのならそちらを優先したい。そう思ったのだ。

「力は命。我等のような精霊体は本質的な力を失えば形も失う。つまり、実質的な死だ。どんなやり方にせよ、それは免れない、諦めろ。それに結果的にお前ごと神へ捧げられてしまうのであれば、変わりはしまい」

 言われてしまえばシグレは何も言い返せず言葉を飲み込んだ。
 4つの魂が交わる時、異人の魂を重ね捧げよ。魂が交わると言うことは、一つ所に竜王の力…つまりは魂を集めて交わらせなければならないということ。その器がシグレなのだ。そして、そのまま異人であるシグレは神へと捧げ物として命を捧げねばならない。

「たし、かに。…そうやんな。今どうこうしたって、そういう風にせなあかんのなら、仕方無いか」

 呟くように告げると、シグレは漸く意を決したと言わんばかりに曇らせた表情を真剣な面持ちに変えた。そうして立ち上がるとレイルへと顔を向ける。

「この世界、救うために。ちょっと契約してくるわ」
「シグレ…」

 甘ったれた考えなど、結果を求めるなら持つべきではない。

(結局、死なんとどないもならんのなら関係なんか…無いか。)
 出来れば他を犠牲にしたくはなかった等と、甘ったれた考えだった。最初は自分だけがどうにかなればと思っていたが、そうじゃなかっただけなんだとシグレは自分に言い聞かせた。言い聞かせて、そこでハッとした。自分はいつからこんなに他人に優しくなったんだろう。

(…毒されたんかな)
 思いながら、不安そうなミズチの顔と何か言いたげに曇るレイルの顔を交互に見やった。
 自分がこんなに誰かを気遣って思うことなど、もう無いと思っていた。だが、それは思っていただけで、実際はなるべくなら波風立たないようにしたい。だからこそ、殺すとか死ぬとかそういった類いの事は考えたくないだけかもしれない。しかし、それは誰かから見ればきっと優しさなんだろう。
 そしてその優しさは、仲間という存在があって助けられてきたからこそ得られた物なんだろう。

「それじゃあ、ファイラ。お願いするな」
「…承知した」

 決意を表情に灯してファイラに声を掛けるとシグレはテントから外へと出ていく。
 その後をファイラが続いていき、不安に満ちた表情をしたミズチがそれを見送った。

「…っ、」
「レイル!?ちょっと、まだ休んでないと!」

 徐に立ち上がったレイルに慌てて駆け寄ると、ミズチはふらつくその体を支える。しかしレイルはゆるりと頭を左右に揺らすとミズチの支えてくれる腕をやんわりと押さえた。

「見届けなければ…ならない。」
「…レイル…そうだよね、アンタはシグレのパートナーだもんね」
「…」

 言うとミズチは押さえるレイルの手を軽く払い除け肩に腕を回させると歩き始めた。レイルも、支えられる形でテントを出ていく。
 外に出ると、日は少し傾き掛けており薄く空が色相を変えていた。相も変わらずシャンマオの面々で賑わう中、騒ぎにならないようにと少し離れた場所へとシグレは進んでいく。

「ここら辺で大丈夫かな」

 テントより暫く森へと進んでいった先、少し開けた獣道で足を止めた。人の気配は此処からでは感じられない。少し遅れてやって来たレイルとミズチの姿が見え、一瞬シグレは動きを止めたが直ぐにファイラへと意識を向けた。

「では、契約の儀を執り行う」

 ファイラが告げるとシグレと向き合い片手を翳す。
と、途端にざわりと空気が揺れた。いや、風が吹いたのか。どちらとも取れる感覚が肌を粟立たせる。洗礼を行った時とは少し違う感覚にシグレは固唾を飲み込んだ。

「汝、力を欲する者よ。今、契約を契りて我と共に歩まん。欲する者よ、名を此処に示せ」

 低く、言葉を発すると同時、二人の真下に紅い法陣が展開される。

「汝、名を告げよ」
「シグレ」

 名を告げた瞬間、法陣に更に陣が加わり輝く。そして陣から発せられた風が二人の体を包み込んでいく。

「シグレ、今此処に汝との契りを交わす。我を受け入れると誓うか」

 その言葉に、洗礼での出来事がフラッシュバックする。あの時、現れた銀髪の男。その姿を思い出して、胸が締め付けられた。と、同時にチリ、と首の後ろに痛みが走る。

「答えよ、誓うか」
「…誓う」

 僅かに走る痛みに眉を寄せ、急かされるように言葉を投げ掛けられればシグレは少し苦し気に言葉を返した。



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