竜の住む山。


 用意されたテントはまさしくモンゴル等で用いられるゲルそのものであった。映像でよく見たことのある形の移動用の大きなそれは中に入れば見た目の一回りは更に広く感じる。おおよそ十畳程もありそうな内部は、赤い何本ものロープによってテントの生地を引っ張り留めていた。天井もレイルですら直立出来る程の高いもので、物珍しげに見渡した室内には簡易的な湯沸かし用の灯油を使ったストーブのような形の器材もあった。
 床は動物の皮(後で聞けば、馬の皮らしい)を引き伸ばして張り付けた物の上に、毛足の長い獣の毛皮の絨毯が敷かれている。その上に細かな刺繍の施されたクッションが幾つも備えられており、活火山の麓であるにも関わらず水属性の地のお陰かテント内は暑くもなく寒くもない適温であった。
 ふかふかとした手触りの絨毯へと日本人の性か土足で入り込むのを躊躇うが、他の二人が躊躇なくそのまま入っていくのを見てはシグレもその様子と足下を交互に見やってから漸く中へと入っていった。

「結構良いとこ用意してくれたね。湖の側だし、湯浴み場も近いってのがポイント高いよ〜」

 荷物を下ろしてマントを外すなりごろりと床に横になったミズチが大きく伸びをしながら告げる。だらしのない様子にレイルが少し眉を顰めるが一息吐き出しただけでテントの隅へと彼女の分の荷物と己の分の荷物を寄せて置きに行く。シグレはというと、やはり土足での絨毯上がどうにも居心地が悪く。こちらに来る前から履いていた編み上げブーツのファスナーを下ろすと脱いでしまいブーツを入り口側に置いてミズチの側に歩み寄っていった。

「あれ?シグレ何でブーツ脱いでるの?」
「あたしの居った国じゃ、こういう絨毯張りの室内は大抵の店以外靴脱いで入るんが普通やねん。やから、何か気持ち悪くて」
「へぇ!そうなんだ。ふっしぎ〜。アタシも脱いでみよっと」

 腰を下ろして脚を伸ばすシグレの言葉に興味を浮かべてミズチは体を起こすと己も履いていたブーツを脱ぎ捨てる。そのまま足を絨毯に投げ出すと触り心地の良い柔らかな毛皮に足を擦り付け上機嫌に笑った。

「うはっ、これ気持ちいいね〜。癖になりそう」
「ミズチ、洗うものがあるなら出しておけよ。湯浴みのついでに洗っておけ」
「はぁ〜い。シグレも、何か洗うものあるなら出しといてね。そんで、一緒に洗おうそうしよう」
「洗濯ってこと?湯浴み…ってお風呂やんな?ここ、お風呂あるん?」

 周りに見えるのは森と湖のみ。そんな場所に風呂などあるのかと疑問に胡座をかいたシグレが問いかけると、この世界でも靴擦れを防止する用途で用いられるシンプルな黒い靴下を脱いで素足に毛皮を堪能していたミズチが答えてくれた。

「あるよ〜。こういう冒険者やキャラバンが立ち寄る所には湯浴み場が必ず設置されててね。まぁ、その殆どが水だったりするんだけど、ここみたいに火の属性も干渉してくる土地や寒さの強い所ではわざわざ火の精霊に力を借りて温泉が用意されてるんだよ。」
「温泉!」
「まぁ、ここは精霊に力を借りずとも火山のお陰で年中温泉が湧いているそうだがな」

 言いながら荷鞄を開いて中身を確認するレイルにシグレが今まで見せたことも無い輝いた瞳で四つん這いになり這い寄り顔を覗き込んだ。

「…どうした」
「温泉…肩凝りに効くかな」
「年寄りか、お前は」

 子供のような無邪気な眼差しに何かと思えば、おおよそ少女と変わらない顔から吐き出された年寄り臭い言葉に思わずレイルは言葉を返して溜め息を吐き出した。
 鞄から大きめのタオルを取り出してシグレの顔に押し付け離すとシグレは短く「ぶぇ」と不細工な声を出したが、レイルは気にした様子も無く黙々と鞄から二枚タオルを取り出していく。

「だってほんまに肩凝りヤバいんやもん。」
「へぇ〜、どれどれ〜」

 興味をもってやって来たのはミズチだ。
 背後から寄ってきて手を伸ばすとシグレの両肩に手を置いて柔く固さを確認するように揉む。が、指が沈まない。

「うわっ、何これガッチガチじゃん!肩凝りすぎだよシグレ〜」
「やろ?ヤバいやろ?やっぱ姿勢のせいかなぁ」

 己の肩を揉みながら驚愕するミズチに顔を振り返らせながら言うと丸まりがちな背筋を伸ばして軽く反らしシグレは息を吐き出した。肩から手を離すとミズチは渋い顔をしてシグレの背中を見つめる。
 力の抜いたシグレの背は、少し丸まる。猫背なのだ。

「それはあるかもね。背中の筋肉つけると姿勢よくなるよ」
「……背筋鍛えるの苦手や…」
「あははっ、手伝ったげるよ」

 苦々しく告げたシグレの背を軽く撫でて叩いてミズチは笑って言った。






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