喪失ゴースト




「三田村、おはよう」



涼しげな声に、ふと 意識がくっきり浮かび上がるような感覚を覚えた。まるで一回寝て、起きたときのような。知らず知らずに寝ていたのか?と時計を見れば、最後に見た時刻から長針が僅かに進んでいるだけだった。うとうとしていた訳でもないのに、何故ーーー



「三田村?大丈夫か?」

「っ!、…ああ、大丈夫だ。悪い」

「なら良いけど…。気分が優れないなら言いなよ」

「分かってるっつの」



こいつのことだから、また俺が偏頭痛を起こしたとでも思ってるんだろう。心配そうな顔をそのままに、コートも脱がずに簡易給湯室に足を入れていた。

今作られているであろうあの少し苦い、頭痛に効くらしい茶(確か漢方がどうたらこうたら)の茶葉は、あいつが自ら買って補充している。高いらしいそれをもう買うなと何度言っても、自分が飲みたいから買ってるんだと笑うあいつん家の茶は、ふっつうの麦茶だ。好きで交番に置くくらいなら、家でも飲むに決まってる。

それを知ってて指摘しない俺と、わざと指摘しないことを分かって未だあの茶をいれ続けるあいつ。二人ともアホだ。けど、それで、それが、良いんだろうな、俺らは。

ぼうっとあいつを眺めていると、俺が見てることに驚いたのか少し目を丸くして、それからいつもの柔らかい笑みを浮かべてこっちへ来る。手には、ステンレスの、味気ないコップ。



「はい、どうぞ」

「…ドーモ」



この茶は決して美味くはない。その上今回は別に偏頭痛でもない。から、嫌そうな顔をしてしまうのは仕方が無いと俺は思う。素直に顔に出してしまう質なだけで、俺は悪くない。そう思いながら苦笑している目の前の男から目線を逸らして、二口ほど飲んでやった。折角いれてくれたもんだが、やっぱり美味くはねえな。



「エライエライ。よく出来ました」



ぐりぐりと、意外と大きい手に頭を撫でられて、妙な気分になる。大の大人が頭撫でられて喜ぶと思ってんのかこいつ。気恥ずかしさと いたたまれなさから手を振り払う。残念そうな声が聞こえたが、逆光で、表情はよく見えない。



「もういーから、お前帰れよ」

「そうだね。三田村も元気なようだし、お暇しようかな」

「そうしろ、っ!?」



静かに、そっと合わせられた唇に、それを理解すると同時にガッと頭に血が上る。何してんだこいつ、訳わかんねえ、何でだ、くそ、嫌なのに体が動かねえ、違う、そうじゃない、嫌、なのか、違う、嫌じゃない、そんなわけ、そうじゃねぇだろ、もっと、違う、もっとして欲しい。もっと。けれど俺の願いに反して、それはゆっくり離れていって、



「ーーそんな、物欲しそうな顔しないで」



頬に添えられた手に思わず擦り寄るが、そいつは苦笑するだけで、もう口を合わせる気はないようだーーー。


あ?今、何考えて、つか、なに、して、



「もう行くよ、またね………豪」



紺のコートが視界から消えて初めて気づく。今は深夜じゃねえか。けど、あいつは“おはよう”と言った。とうとうイカレたか、と思いながら眠い目を擦る。全身が強ばった。俺は、夏季用の制服を着用している。もちろん、季節は夏だ。何も可笑しなことではない。けれどあいつは?あいつは、紺のコートをきっちり着込んでいた。ゾワリと悪寒が体を蝕む。そういえばあいつの名前は何だったか、よく聞くありふれた名前だった気もするし、珍しい印象の残る名前だった気もする。思い出そうと頭を捻るが当然のように出てこないし、それどころかついさっきまで見ていた顔も思い出せなーーーーー



何を、思い出そうとしてたんだ?



「…………歳にゃ勝てねえなあ……。あれ、茶なんていれたっけな…」



何か大事なことを忘れているような、そんな気がするが、急ぎの仕事もねえ筈だし、きっと、気のせいだろう。そうだ気のせいだ。こんなに胸が苦しいのも、気のせいだ。

コップに残っている茶を飲み干す。いつもの、緑茶の味だった。



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前世で恋人とかそんな感じです。魂は覚えてるけど、転生したので記憶デリート。主人公は転生せず幽霊のまま豪さんを見守ってる系男子(寂しがり)。


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