ホワイトクリスマス




夜勤ついでに溜まっていた書類を消化していく。年末といっていい時期であるため、なるべく多く終わらせたくて万年筆を握る指に力が入る。三が日をゆっくり過ごしたいと思うのは、日本人なら当然のことだろう。

冷めきったコーヒーを片手に機械的に万年筆を動かす。そういえばこれは先輩から戴いたものだったな、などとぼんやり考えていると突然軽快な音楽が鳴り出した。マナーモードにしていた筈が、いつの間に。突然深夜の沈黙を裂いた音に焦って、その音を止めるために通話に出る。


「はい、」

『真史か?___だ』


携帯から聞こえてきた声に思わず画面を確認する。着信元 ___ ___。先輩だ。なぜ。腕時計を確認する。丁度日付を跨ごうとしている時間だ。…携帯でついでに確認すればいいものを、わざわざ腕時計を見てしまうあたりどうやら酷く動揺してしまっている。


『ーーー真史?』

「!、め、ずらしいですね、貴方から、電話など」

『ああ、大したことは無い。ただ、クリスマスイブともあろう日に仕事とは寂しい男だなと思ってね』


くつくつと低く笑う声が耳に響く。またこの人は。そんな下らない電話でも、先輩からというだけで嬉しいと思ってしまうのだから、自分も大概救いようのない男だ。


「…そんなことで電話をしてきたんですか」

『そんなこと、とは随分な言い草だな。寂しい真史の相手をしてやろうという私の温情を無下にするのかお前は』

「先輩の中では揶揄を温情と仰るんですね。覚えておきます」

『冗談だよ。なんだ、今日はやけに手厳しいな』


先輩と軽口を叩いていると、視界の端に何かがチラついた。ーーー雪だ。もう外は真っ暗であるため見えにくいが、確かに雪だった。


「先輩、外を見てください」

『外?』

「雪です。ホワイトクリスマスです、ね……」


何を言っているんだ。

言ってしまってから気恥ずかしくなってきた。いい歳をして何を浮かれているんだと自分でも思う。仕方ないだろう。好きな人が珍しく電話を、しかもこんな日に掛けてきて、次いで狙ったかのように降ってくるものだから。そう、先輩のせいだ。
責任転嫁しつつ先輩の反応を待つ。笑われるか、と身構えたがそれは杞憂となった。


『…ああ、素敵な夜だな。たまには夜更しも悪くない』


いつもの先輩の声ではなかった。揶揄するときのあの愉しげな声でも、仕事中の硬い声でも、熱を、交わしているときの声でも。ただひたすら穏やかで甘い声に、心臓が痛いほど鼓動する。


「…先輩」

『何だ』

「………なんでも、ありません」

『はは、ではそういうことにしておこうか』


もう少しだけ、貴方と繋がっていたいだなんて、それこそ笑われてしまうだろう。










真史が電話を切ったのを確認してから携帯をベッドに放る。窓際は一層冷えるが、もう少し外を見ていたい気分だった。

ーーーホワイトクリスマス、か。

随分と可愛らしいことをいうものだ。今どきホワイトクリスマスで騒ぐのなんて若い恋人達ぐらいだろうに。

コツリ、窓に頭を預ける。冷えたそれが徐々に私の上がりすぎた熱を奪っていく。

たかが電話で。
そう、たかが電話だ。ほんの十分にも満たない程の短い電話。それだけで真史は私をとても近くに感じてくれたようだ。ゆっくり唇が弧を描く。本当に可愛いやつだ。

ベッドに入るために窓に背を向ける。ただ静かな黒を映す窓に。三門市と私の居住地では流石に距離が離れ過ぎている。その距離を取り払うには、あの短い電話で十分であった。
残念ながらこちらはホワイトクリスマスではないが、真史が私を近くに感じたように、私にも真史を通して雪が見えるような気がした。


後日、私の居住地に雪が降っていなかったことを知って、真史に「私が1人で舞い上がってるのを笑っていたんでしょう!」と照れ隠しに罵倒された。そういうつもりでは、なかったのだがーーーその方が私達らしいなと肯定を返す。さて、ご機嫌取りは何がいいだろうか。


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